悔しい経験した人が報われる未来へ ブレイク直後の"困難"経て、Official髭男dismが見せた誠実さと健全さ

※ この記事は2021年9月9日に「LINE NEWSプレミアム」で公開された記事の再掲です。


喜ばしい状況の変化と、そうでない変化を短期間で経験した彼らは、さぞ苦悩したのではないだろうか…。

そうと思いながらメンバー4人に話を聞いてみると、地に足をつけながら「自分たちの音楽」を追い求める、思いがけないほど健全なバンドの姿が見えてきた。


リモートだけではこぼれ落ちてしまう豊かさ

藤原聡(Vo/Pf)

「僕らに限った話じゃなく、世界中そうだったと思うんですけど、こんなに何もできなくなるんだなって。スタジオにも行けなかったし、メンバーにも会えなかった。こんなに顔を合わせなかったのは、結成以来、初めてでしたね。」

Photo by 黒羽政士

この1年ほどで急速にリモート環境が整備され、「対面での作業は非効率」という価値観も現れてきたが、バンド活動にも変化があったのだろうか。

楢﨑誠(Ba/Sax)

「スタジオでの雑談が前より長くなりましたね。」

藤原聡

「本当に長いよ(笑)。もう弊害レベル。」

小笹大輔(Gt)

「『顔を突き合わせて音楽を作れる』ことの重要性を再確認しましたね。自分の脳みそだけでできることじゃないんだなと。」

楢﨑誠

「わけ分からない話をしてるときが楽しかったんだなって。意味がないとしても、そういう「遊び」の部分が空気感を作るんですよね。」

藤原聡

「メンバーに限った話ではなく、マネージャーやエンジニアさん含めてチームのみんなと同じ部屋で音楽の話をしたり、コミュニケーションを取りながら作業を進めていくことが大事なんだなと。」

2020年9月26日に開催した初のオンラインライブ Photo by 溝口元海(be stupid)

藤原聡

「今までは当たり前のことだと思ってたんですけどね。「リモートでもできるじゃん」って言い切っちゃうと、こぼれ落ちてしまう豊かさがある気がします。」

そんな対面の喜びを噛み締めているからだろうか。この日の撮影中も終始和やかな空気が流れ、メンバーだけでなく周りのスタッフからも笑みがこぼれていた。

島根から上京後、4人はしばらく共同生活していたというが、現在もとても仲が良さそうだ。

藤原聡

「仲良さそうに見えました?」

楢﨑誠

「実は仲悪いみたいな言い方だ(笑)。」

藤原聡

「もうぼちぼち平均年齢も30ですし、ちょっと照れくさい部分はありますよ。でも、自分が一人で引っ張るんじゃなく、4人で一緒に楽しく音楽ができているっていうのはありがたいですよね。」

藤原聡

「『しんどいときはお互い様』という感じでいられるので、バンドが困難な状況に陥っても、フラットな気持ちでいられるのはメンバーのおかげです。」


足かせを排除するための新たな挑戦

小笹大輔

「自粛期間はずっと怠惰に過ごしてました(笑)。時間だけがあってもしょうがないなと思ったのを覚えてて。ある程度忙しい方が、インプットもできる感じがしました。」

楢﨑誠

「時間だけが膨大にあってもね。設定された締め切りに向かって自分をコントロールしていくタイプの人っているじゃないですか。『ならちゃん(楢﨑)はそれだよね』ってサポートメンバーのアンディ(・ウルフ)に言われました(笑)。」

Photo by 黒羽政士

藤原聡

「なのでリモートで制作するときも、ゆるーい締め切りは設定していました。『今月はワンコーラスだけでも考えてみよう』とか。」

そんなマイペースなステイホーム期間を経て、本格的に「Editorial」の制作に着手したのは2020年が終わりに近づいた頃だった。11月に作曲合宿を行い、新曲を生み出していった。

今作ではドラムの松浦が初の作詞作曲に挑戦している。

松浦匡希(Drs)

「前作『Traveler』のときに、ならちゃんと(小笹)大輔が初めて作詞作曲に参加したんですね。曲ができ上がっていく様子を見たり、完成した曲を演奏したりする中で、自分もやりたいと思うようになって。」

松浦匡希

「バンドの幅も広がるし、やるっきゃないなと。初めての作詞作曲だったので、さとっちゃん(藤原)に助けてもらいながら作りました。」

藤原聡

「結果的に、今までバンドの中になかった新しい音になりました。バンドの音楽性を広げることが目的ではないんですけど、同じことだけやってると飽きちゃうし、やりたいことがあるならどんどんやってみようって。」

Photo by 黒羽政士

小笹大輔

「『やったことがないことをやってみよう』というよりは、『これはやらない方がいいかな』みたいな足かせを排除していく感じですかね。自分たちの中にあるNGをなくしていくっていう意識が大きいのかも。」

藤原聡

「確かにそうだね。NGは徹夜ぐらいですね。徹夜しても何もいいことないですよ(笑)。」


「ヒゲダンのイメージ」とどう向き合うか

藤原聡

「2019年に、僕たちの音楽を聴いてくれる人がめちゃくちゃ増えて。ありがたいことにそのタイミングで回ったホールツアーはすぐに完売して、チケットを取れなかった人もたくさんいたんですね。」

2019年7月8日に開催された日本武道館公演 Photo by TAKAHIRO TAKINAMI

藤原聡

「じゃあ2020年は同じ楽曲を中心にセットリストを組んで、さらに大きい規模のアリーナツアーをしよう、初めて僕らのライブに来てくれる人たちに会いに行こう、と。とにかくツアーが楽しみでしたね。」

松浦匡希

「『行ったことがないところでライブがしたい』っていう感覚がすごくあって。日本以外でもやってみたいですし、できるかもしれないと思っていたところでした。」

藤原聡

「バンドは基本的に、曲を作ってツアーを回るということを繰り返していくものだし、それが楽しいから続けてこられてるんですよね。」

2019年7月8日に開催された日本武道館公演 Photo by TAKAHIRO TAKINAMI

藤原聡

「だから、2019年にブレイクしたと言ってもらえることも増えたんですけど、そのことで特別ワクワクしたということでもなく。バンド結成以来、ずっと『曲を作ってツアーを回る』っていう循環が楽しいんです。」

まるでバンドを組んだばかりの少年のように無邪気な言葉が返ってきた。バンドというもの自体を、心から信じていないと出てこない言葉だ。

しかし、これだけ大きな活動規模になっては、嫌でも色々な要素が付随してしまう。藤原は「ブレイクは周りの人が決めるもの」と語ったが、ムーブメントの中心に据えられる不安はなかったのだろうか。

藤原聡

「不安がないと言ったら嘘になるかもしれないですね。自分の意思に関わらず、時代のスポットライトが当たって、いつの間にか当たらなくなるっていうか。その大きな渦の中に一回入れただけでもありがたいことではあるんですけど、安心できるものではないなと。」

「Pretender」発売時のアーティスト写真

藤原聡

「でもそれ以上に、応援してくれる人が増えたんだから、その熱量に応えるためにはどうすればいいのかを考えることが大事だなと思いました。あとは、メンバーがいてくれたことも大きいですね。一人で活動するアーティストだったら、メンタルのリセットが大変だったかもしれない。」

ヒット曲が生まれるということは、「ヒゲダンって『Pretender』のバンドでしょ?」というような、解像度の低いイメージが一人歩きしてしまう可能性もある。

藤原聡

「まずは『ヒゲダンのイメージ』というものがこの国に存在していること自体がありがたいことでさぁね。」

楢﨑誠

「急にザコシ(ハリウッドザコシショウ)のイントネーションになった(笑)。」

藤原聡

「(笑)。イメージに囚われて、やりたいことをやらないつもりは全くないんですけど、それに反抗したい気持ちもないんですよね。音楽には無限の選択肢があるので、その中から自分たちが面白いと思ったものを選んで、それが聴いてくれる人のイメージと合うか合わないかっていうだけなので。結果でしかないというか。」

楢﨑誠

「そもそもパブリックイメージって、各々の頭の中で作り上げているものじゃないですか。『これはこういうものだ』という絶対的なかたちは誰も定義できないから、信じちゃいけないと思うんです。」

藤原聡

「個人の感想だもんね。」

楢﨑誠

「特にコロナ以降、SNSとかをすごく見ちゃうようになって。そうすると、なおさらイメージがかたちあるもののように思えちゃうんですけど、それは虚像の中の一つに光を当ててるだけでしかないっていう。それよりも本当に各個人がやりたいこととか、こういう曲を作りたいとか、自分の中に確固としてあるものを信じた方が楽なんじゃないかなって。」

藤原聡

「せっかくこんな環境で音楽やらせてもらってて、メンバーにもチームにもお客さんにも恵まれている中で、思いっきり音楽をやらないともったいないですからね。感想の集合体を意識して『こういう音楽を作ろう』みたいな、そういう商業的な音楽の捉え方はしてないですから。『やりたいようにやりましょう』っていうのが、一番健全ですよ。」


「心配しないで」新作でネガティブな感情も描いた理由とは

藤原聡

「アルバムを聴いた人はみんな、僕がしんどいモードに入ってるんじゃないかと心配してくれるんですけど、すごくハッピーに暮らしてるんで、心配には及びません。」

Photo by 黒羽政士

藤原聡

「生活してると、些細なことで『ん?』と腹が立つこともあるし、その次の瞬間に『飯うまい!』ってテンションが上がったりとか、いろんな感情の起伏があるじゃないですか。そういう喜怒哀楽をアルバム通して表現したいなと思って。…ならちゃん、なんで笑ってるの?」

楢﨑誠

「いや、この部分の見出しが『心配しないで』になりそうだなって(笑)。それだと逆に心配しちゃうよね(笑)。」

藤原聡

「いやいやいや(笑)。僕が好きなアーティストも、必ずしもずっとハッピーな曲を歌っているわけじゃないんですよね。僕はそこに憧れている部分もあるので。逆にこのアルバムでネガティブな感情を描けたことで、次は自分を奮い立たせたり、周りへの感謝を表現したりする曲が生まれてくるんじゃないかと思ってます。」

「Editorial」ジャケット

誰もがこの先どうなるか分からない不安を抱えている時代に、励ましだけではなく率直な心情も吐露することは、むしろ誠実だとも言える。

藤原聡

「このコロナ禍の中で、もちろん悲しい瞬間もあるだろうけど、希望が生まれる瞬間もあると思うんですよね。この時期にすごく前向きな曲が出たとしても、作者にとっては嘘ではないだろうし。」

Photo by 黒羽政士

藤原聡

「むしろ、嘘でも成立するのが音楽だと思うんですよ。実体験でなきゃいけないとか、心から思っていることしか書いちゃいけないとか、そういう決まりはないじゃないですか。」

楢﨑誠

「神聖なものだったり、正義だったりが音楽の中にある気がしちゃうけど、実はそうじゃないと思うんですよ。曲の細部にそういうものが宿ったりする瞬間があるかもしれないけど、音楽自体は器にすぎないというか。」

藤原聡

「『何が宿るか』というか、『聴いた人が何を感じたか』でしかないと思うんです。実体験でも空想でも、そういうモチーフがファーストアイデアになって、メロディーやフレーズと偶然マッチして音楽になったっていう。感覚的なことなんですよね。」


「Pretender」以降で変わった音楽との距離感

藤原聡

「なくはなかったですね。今思えば幼い感情だったけど、音源のセールスやライブの動員という形で結果がついてこないフラストレーションは、自分が思っているよりもありましたね。結局、リスナーの好き嫌いを考えても仕方ないのに。」

藤原は「30歳までに音楽で生活ができるようにならなければ地元に戻る」と親に約束していたそうだ。そのため、やりたい音楽をやる道が強制的に閉ざされてしまうかもしれない、という焦りもあった。

ではいつごろから、現在のような距離感で音楽と接することができるようになったのだろう。

藤原聡

「やっぱり、『Pretender』以降ですかね。たくさんの人に聴いてもらえたことで、『バンドで食べていかなきゃ』というハングリー精神を、全て『自分たちの音楽を追求する』方向に費やすことができるようになったので。」

藤原聡

「これはものすごく幸せなことですし、そうすることが、応援してくれる人たちへの恩返しになると思うんです。」


「リベンジ」のツアーへ

みんなが報われる未来でライブがしたい

藤原聡

「震えたよね。」

松浦匡希

「震えた!」

Photo by 黒羽政士

楢﨑誠

「人が目に宿す力ってすごいんですよ。それがやる気にもなるし、緊張にも繋がるし。セットリストの後半になるとものすごい楽しいんですけど、冒頭はもうめっちゃ吐きそうになっちゃって(笑)。」

藤原聡

「みんな吐きそうになってました(笑)。もう武者震いだよね。」

6月23・24日にぴあアリーナMMで行われた有観客ライブ Photo by TAKAHIRO TAKINAMI

9月からは待望のワンマンツアーが始まった。日本中で待っているリスナーに会いに行くための「リベンジ」だ。

藤原聡

「本当に楽しみですね。初めて行く街もありますし。無事に開催されることを祈ってるっていうのが、率直な想いです。」

松浦匡希

「やっと生きがいが戻ってくる感じがするね。」

藤原聡

「この先の情勢は僕たちにはもうどうにもできないので、やれることをやった上でできなかったら、無理はしないつもりです。でも、無事にツアーができるってことは、みんなの日常もちょっとずつ戻ってくるってことなんで。」

Photo by 黒羽政士

藤原聡

「部活の大会がなくなっちゃったりとか、卒業式もろくにできないとか、みんな悔しいことがあったと思うんです。そういう経験をした人たちがこれから先どんどん報われて、その分も幸せになっていけるような未来がくればいいなと、めっちゃ願っております。その上で、自分たちのライブができればいいなって思いますね。」


何よりも「生活そのもの」に目を向け、そこから誠実に音楽をすくい取っていく。そして、待ってくれている人々にそれを届ける──。

Official髭男dismの4人は、どんなにヒットチャートを賑わせようと、大きな会場でライブをやろうと、そのことしか頭にないようだ。

音楽に限らず、どの分野でもマーケティングやビジネスの論理が優先されがちな時代において、4人の素朴すぎるほどの真っすぐさは奇跡にも思える。

Photo by 黒羽政士

2022年はバンド結成10周年のアニバーサリーだ。

その先にもずっと続いているであろう音楽との長い旅路を、4人は一歩ずつ、着実に踏みしめている。



Written by

LINE NEWS編集部