90年代の不条理漫画ブームの中にあって異彩を放つ漫画『じみへん』にしみじみ

片桐仁が初めて明かす、自宅の「マンガの本棚」の歴史

小学生の時から漫画は大好きで、お金がない中でどうにかコミックスを手に入れようと必死でした。

初めて買ってもらったのは鳥山明さんの『Dr.スランプ』の5巻。新大阪の駅で、いとこがお母さんに買ってもらうのに便乗して、僕も買ってもらったんです。ちなみに2冊目は、お楽しみ会のプレゼント交換で手に入れた手塚治虫さんの『ブラック・ジャック』の1巻。ただ、読んでみたら怖すぎたので、カラーボックスの後ろに封印しました。その後、全巻買って、今も子供たちが読んでます。​

マンガが貴重品だった少年時代

1980年代の前半、小学生の見るテレビが『8時だョ!全員集合』から『オレたちひょうきん族』に変わっていくように、読む漫画は「月刊コロコロコミック」から「週刊少年ジャンプ」に移行する時期でした。ほしかった『キン肉マン』(ゆでたまご)のコミックスが買えなくてね。お駄賃をもらうために、おばあちゃんの肩をもんだりしてましたよ。当時は500円札だったなー。

中学生になると、お姉ちゃんと順番で「ジャンプ」を買うようになりましたが、やっぱりコミックスは高くて買えなくて。しょうがないから「ジャンプ」を分解して、好きな漫画のページだけ自分で綴じて本にしたり。そのくらい漫画は貴重品で、執着してました。

自宅の本棚の漫画コレクション

高校生になると、僕は絵が得意だったので美術部に入るのですが、美術部の同級生が漫画研究会にも入っていて、「片桐もなんか漫画描いてよ」って言われたんです。それで、当時はやっていた吉田戦車さんの4コママンガ『伝染るんです。』のパロディというか、コピーした漫画をノートに貼り付けて、時代劇風の漫画にしたりとか。時代劇をパロディにした『江戸むらさき特急』(ほりのぶゆき)も好きだったので。

当時『伝染るんです。』は、思春期特有の「俺はお前たちとは違う」と思いたかった人たちが読んでいて、「週刊ビッグコミックスピリッツ」にはそういう漫画がたくさん連載されていたんです。柔道漫画の『YAWARA!』(浦沢直樹)とかアニメ化される王道の漫画もありましたけど、同時に『サルでも描けるまんが教室』(相原コージ、竹熊健太郎)とか『クマのプー太郎』(中川いさみ)とか、いわゆる不条理ギャグ漫画もたくさん載っていました。あの頃の不条理ギャグ漫画ブーム、すごかったなー。

地味で変な『じみへん』の味わい深い魅力

さて、ここからようやく本題。今回紹介するのは、そんな90年代のキレキレだった「スピリッツ」に連載されていた15コマ漫画『じみへん』です。

最終巻の『じみへん 仕舞』表紙 ©️中崎タツヤ/小学館

『伝染るんです。』の吉田戦車さんや『コージ苑』の相原コージさんは、おもしろくてセンスがよくて、絵も上手くて実験的で、かっこいい漫画家として認識されていました。一方で、正直『じみへん』の中崎タツヤさんの絵は上手ではありません。横顔のパースも変だし、口とか耳の形も変だし。あと、絵で芝居をさせない。絵だけ見てもストーリーがわからない。文字を伝えるための絵なんです。

『じみへん』の連載は1989年に始まって、当時から「何にも見ないで描いてるのかな?」と思っていましたけど、その後連載が2015年まで続き、25年経ってもほとんど上手くならない。何も見ないで描いてるどころか、漫画も読んでないんじゃないかっていうくらいです。​

『じみへん』(中崎タツヤ)6巻より ©️中崎タツヤ/小学館

でも、上手な絵ではないのに、なんとも味わい深い魅力があるんですよね〜。その証拠に、今回改めて自分の本棚にある漫画を見返してみたら、『じみへん』のま〜多いこと。

だって『伝染るんです。』ほど話題にもなってないんですよ。『伝染るんです。』の続きはみんな楽しみにしているけど、私の周りの人は『じみへん』のことは気にしていませんでしたから。でも僕は何冊も買っているんです。そもそもタイトルの『じみへん』も、大学生になるまでジミ・ヘンドリックスことは知らなかったので、普通に“地味”で“変”な漫画なんだと思ってましたから。

コントにも使える「リアルな大人たちの人生」がテーマ

作者である中崎タツヤさんは1955年生まれ、連載がはじまったころは30代の半ばでしたが、すごく大人だな〜と感じていました。扱っているテーマや設定もリアルな大人たちの人生。普通の家庭や会社とか、競輪の話とか、もし漫画家じゃなかったら絶対に接点がないだろうなっていう。

『じみへん』(中崎タツヤ)2巻より ©️中崎タツヤ/小学館

漫画からサブカルの匂いがしなくて、めっちゃ現実。キラ星のごとく輝いていたサブカルスター漫画家とは一線を画した叩き上げ感があって、そういうところも好きだったのかな〜。

90年代初頭、不条理ギャク漫画の世界では、圧倒的な大喜利力とファンタジーなキャラクターで、漫画だからこそ表現できるシュールな笑いを追求していました。お笑いの世界では、ダウンタウンという黒船がいよいよ天下を取るぞっていう時代です。

そんな中、現実的な生身の人間しか出てこない『じみへん』は、コントの設定に使えそうなシチュエーションが満載なんです。たとえば「石田家コタツ納めの儀」という回とか、まさにコントっぽい。

『じみへん』(中崎タツヤ)1巻より ©️中崎タツヤ/小学館

生身でやってもおもしろい。だから当時はコントのネタの参考に『じみへん』を読んでいる芸人もたくさんいたはずです。実際に、まんま『じみへん』のパクリだって言われている芸人もいましたからね。僕がエレキコミックとやっている「エレ片」のコントにも通じるところがありますし。

まだバブルが完全には弾けていなくて、景気もよくて浮かれている時代に、よくこんな地味な漫画を描いてたなって、いま読み返してもしみじみします。

■片桐仁セレクト なぜか印象に残っている『じみへん』名作回

コミックス1巻収録「石田家コタツ納めの儀」

コミックス2巻収録「かさぶた屋」

コミックス2巻収録「父ちゃんのウソツキ」

コミックス2巻収録「賞味期限」

コミックス6巻収録「今度の社長さん」


Written by

片桐仁