「普通の人でいい」は否定でも妥協でもない。ひとつの答えを出したマンガ『まじめな会社員』

「自分を愛する」って楽じゃないよね…。

2020年夏に、Twitterを中心に話題を集めた漫画『普通の人でいいのに!』。作者の冬野梅子は約1年後に、『まじめな会社員』の連載を開始した。2022年5月に最終話を迎えたばかりの同作だが、もしかするとこの連載は、『普通の人でいいのに!』の解釈にひとつ​の答えを出してくれたのかもしれない。

「普通の人でいいのに」という言葉に込められた2つの意味

『普通の人でいいのに!』という漫画をご存知だろうか。

講談社のモーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞作で、同社のマンガアプリ『コミックDAYS』で2020年7月に無料公開(現在は有料)された。そこから多くの人の目に触れ、Twitterを中心に反響を呼んだ、冬野梅子による読み切り作品である。

主人公の田中未日子(通称、みこ)は33歳。物語は彼女の転職が決まり、最終出勤日に元々同じ部署にいた男性の先輩から食事に誘われるところから始まる。みこは自身のものさしで「普通」と「普通じゃない」人や世界を線引きするところがあるが、仕事も恋愛も、自分の身の丈にあった「普通」を選ぶことが幸せだと考えている。

「普通の人でいいのに」という言葉はよく聞かれる。大抵の場合それは、「高望み」か「妥協」の意味で使われる。「普通」を高く見積もって分不相応と批判されるか、「普通」を見下している(“で”に込めている)かのどちらか。どちらにせよその背景には、歪な自己愛がある。

普通の男性について語る主人公・みこ 『普通の人でいいのに!』より ©️冬野梅子/講談社

主人公のみこはいつだってそう。文化人が集まる飲み屋を「サード・プレイス」と呼んで拠り所にし、「自分は周りと違う」と言い聞かせるように振る舞う。しかし同時に、「どうせ本当は自分も普通である」と自覚して卑屈になっている。歪な自己愛と卑屈さが同居している。

『普通の人でいいのに!』というタイトルは、みこが「普通」を見下していることと、「普通」の自分を受け入れてからが大事だということの、ふたつを意味するのかもしれない。

ひとつの"答え"につながる主人公の違いとは

冬野梅子による初の連載『まじめな会社員』が2021年8月に始まった。結論からいうと、『普通の人でいいのに!』という言葉に対して、ひとつの答えが出る。どのような答えなのかは、ぜひ最終話まで読んでいただきたい。ちなみに『普通の人でいいのに!』は、『まじめな会社員』2巻に特別収録されている。

『まじめな会社員』の主人公・菊池あみ子は30歳で、誰でもオンラインショップが開けるアプリのメールサポートの仕事をしている。『普通の人でいいのに!』の主人公・みこと同様で、「普通」とは違う世界に憧れながらも、身の丈に合った「普通」に落ち着こうと、マッチングアプリで知り合った「好きになれそうな人」に会う日々を過ごしている。

あみ子も、歪な自己愛と卑屈さが同居している人物像ではある。ただ、みこと違い、行動したい気持ちはある。「夢って叶わないじゃないですか」と言われたら、「だから特に何もしないってこと?」と思うような思考は持っている。ただ彼女は、行動の仕方以前に、目的意識がズレているだけ。

アプリで出会った沖野さんについて考えるあみ子 『まじめな会社員』1巻より ©️冬野梅子/講談社

みこは結局のところ、「普通」ではない(ように見える)人を神格化するばかりで、同じ土俵に立つための行動はしなかった。行動したとしても、表層ばかり見て、その真似事ばかりだった。しかしあみ子は、憧れる人々が「周りと違う」ように見えるのは常に行動の結果であると気づいていく。ふたりの違いはなんだったのか。

結局「普通」とはなんなのか

みことあみ子の違いとして、小山綾(綾ちゃん)の存在が挙げられる。『まじめな会社員』に登場する、あみ子の同僚だ。

綾ちゃんはいつも、誰かとつるんでも、内輪の雰囲気を出したり、線引きをしたりしない。一貫して誰に対してもフラットで、あみ子に対しても、あみ子が持つ良さを見出して純粋に真っ直ぐ褒めてくれる。決して否定しない。何より、綾ちゃんは自分をよくわかっていて、自分に嘘をつかない。

あみ子について語る同僚の綾ちゃん『まじめな会社員』3巻より ©️冬野梅子/講談社

人を分類して、自分をチューニングして接して、いろんな顔を持つのは、社会活動をする人間として当然ともいえる。しかし綾ちゃんは分類もチューニングもしないから、あみ子のような人間を惨めな気持ちにさせな​いし、自信を持たせてくれる。なぜ綾ちゃんはそういられるのか。それは、自分の人生は自分で決めるしかないことを知っているからだ。そのことは最終回からもわかる。

結局のところ、自分が愛せる自分になるための行動をするか、そのままの自分を愛する(妥協ではなく、受け入れる)しかないのだ。自分自身に対して「普通でいい」と、今の状態が満足だと心から思えるかどうかは、他者と比較しがちなSNS社会において、特に重要だろう。周りがどう思うかを気にしがちだが、自分と対話をしなければ、惨めな気持ちは拭えない。

自分にとっての「普通」を大事にしたり、理想を自分の「普通」にするために努力したりすることも素敵だ。ただ、それは決して楽なことではない。失敗はするだろうし、恥ずかしいと、惨めだと思わされる場面も少なくない。傷つきたくないから、人は楽なほうを選ぼうとする。でも、楽なことばかりが自分を幸せにしてくれるわけではない。『まじめな会社員』は、あみ子の成長過程から、そんなことに気づかせてくれる。

『まじめな会社員』1巻 ©️冬野梅子/講談社


Written by

鈴木梢