「カネ」とは何なのか?初期化された世界描く『望郷太郎』の魅力

TVODパンス マンガから読み解く社会論

TVODのパンスです。私たちが生きているこの社会とはどのような仕組みになっているのか。社会に対してどのように考えればよいのか。それを少しでも知るためには本を読んだり映像を見たり誰かの講演を聞きに行ったり……、さまざまな方法があるわけですが、いちばん手軽で頭に入りやすいのはマンガを読むことです。僕はいつもそう思ってマンガを読んでいます。

新鮮なディストピアSF『望郷太郎』

世界は大きく変転しており、モヤモヤすることもたくさん。そういうときはインターネットでうっかり変な情報を手に入れちゃうより、マンガの方が正確で良い気がします。一見荒唐無稽な物語からも、見えてくるものがあるはず。というわけで、最近読んだ中でそう思えた作品を紹介します。

『望郷太郎』1巻 表紙 ©️Yoshihiro Yamada 2019(講談社)

「世界の崩壊」ではなく「世界の初期化」。ちょっと新鮮なディストピアSFが、山田芳裕『望郷太郎』。世界的な大寒波がおとずれ、商社マンの舞鶴太郎は赴任先のイラクにて「人工冬眠」に入ります。しかし目覚めてみるとそこは500年後の世界。文明は崩壊し、たった一人取り残されたなか、太郎は日本を目指して旅を始めます。

最初はSFサバイバルものか!? と思わせますが、イラクから北上すると「人間」に会います。そこで暮らす「パル」と「ミト」の二人は、これまでの文明が「初期化」された原始の世界で狩猟採集を営んでいました。

ただし原始といっても、500年前までに人類が築いたモノーー建物やら道具やらは残存しており、ある意味自然の一部のようなものとして、彼らの生活に根付いているのでした。500年前のジャージを着たり、どこかにあったカーボンを使って弓を作ったり。一方で、文化的な部分は「初期化」されており、埋葬の習慣すらない、独自の世界観を持っているのです。

初期化された世界で生きるパルとミト『望郷太郎』1巻より ©️Yoshihiro Yamada 2019(講談社)

初期化された世界で行われる「贈与合戦」

太郎の旅路が、そのまま文明の進化をなぞるような構成になっているのも面白い点です。シベリア鉄道に沿って日本に向かうにあたり、途中の中央アジアあたりで訪れるパルの家族が住む村では、隣の村とモノを交換する「祭り」が行われています。できるだけ豪華なものを出して競い合う、その「贈与合戦」こそが現在の世界につながる第一歩なのかもしれないと思わされます。

6巻の巻末では宗教学者/文化人類学者の中沢新一氏が「ポトラッチ」についての解説を書いています。ざっくりと説明すると、「ポトラッチ」とは、かつての人類が行っていた、祭りや宴会を開くなどして気前良く自分のモノを贈与するパフォーマンスのようなものです。マルセル・モース『贈与論』やジョルジュ・バタイユによる「蕩尽」の概念でも説明されてきました。

何度も贈り物と返礼を繰り返す「贈与合戦」の様子『望郷太郎』2巻より ©️Yoshihiro Yamada 2020(講談社)

ただし、これらはやってるうちに「過剰」にもなっていくのがポイントで、よりすごいモノを……と威信をかけること自体が、徐々に争いを生み出していく。『望郷太郎』ではこの様子が上手く描かれています。

「カネ」の登場で物語は一層スリリングな展開に

そしてさらに旅を進めると、だんだんと文化が成熟している場所に行き当たる。そこで登場するのが「カネ」です。作中では「マー」と呼ばれるこのカネを使って、かつて商社マンだった太郎は、「初期化」以降の新しい文明へと介入していく、マネーゲームと戦記物がミックスされたような内容になっていくのがスリリング。

石の塊「マー」がカネとして流通 2巻より ©️Yoshihiro Yamada 2020(講談社)

この先はぜひ読んでみてほしいですが、そもそも何が人々を一つの共同体にまとめ上げたり、戦争のような形で衝突してしまうのか。その奥底には「過剰」を求めてしまうこと、そしてそれが「カネ」に紐付けられてしまうことにあるのかもしれません。

「ポトラッチ」は「富を使ってしまう」行為で過剰さやエネルギーの増大を抑え、暴力的な衝突を抑える効果を持っていましたが、人類はそのような道を選びませんでした。文明の成長をたどるような太郎の旅路を通して、「一体どのような社会が『ちょうど良い』のだろう?」と考えてみる機会にもなるかもしれません。


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