歌詞書き換えに涙、ヒットの裏で結婚出産を決意。シンガー・UAが届けたかったメッセージ

90年代に日本の音楽シーンに彗星のごとく現れて以来、数々の名曲を生み出しながら、独自の道を歩んできたシンガー・UA。

デビュー25周年を迎えた2020年から、「UA 25th→→→30th Anniversary」と題したアニバーサリー企画を軸に、精力的に活動を続けている。

2022年5月25日には、6年ぶりとなる新作EP「Are U Romantic?」もリリースされた。

アーティストとして音楽のみならず、女優やラジオパーソナリティーなど活動の幅を広げながら、結婚や出産、海外への生活拠点の変化など、プライベートでも大きな出来事を経験してきたUA。

当時を振り返り、今どのような思いを抱いているのだろうか。

「これまでの年月をいっぺんに振り返るって本当に難しいなっていうのが、率直な気持ちです。走馬灯のようにフラッシュバックするシーンは自分の中に確かにあるんですけど、結局『変わってないな~』って」

「でも、25年で肉体は細胞ごと何度も入れ替わっているわけだし、そこに自分が感じる自信と、積み重ねてきたキャリアというのは実感としてありますね」

「臨んでいくプロジェクトに対して、常にフレッシュに取り組んでいたいという意味では、本当に全然変わってないですけどね」


「キャッチーじゃない」歌詞変更に涙

歌手として、また母親としてチャレンジを続け、走り抜けてきた。

25周年を迎えられたことを「ラッキーだった」と語る彼女の"アーティスト"としての起点は、1995年にさかのぼる。

「HORIZON」ジャケット

1995年6月に藤原ヒロシ氏、朝本浩文氏のプロデュースのもと、シングル「HORIZON」でデビュー。

「HORIZON」の歌詞は、終わった恋愛について自ら作詞した。その歌詞の変更を提案され、涙したこともあったという。

「最初にこの歌詞を書いた時、担当ディレクターに『キャッチーじゃないし、難しくてわかんない』って言われて」

「そのディレクターが『ちょっと僕が書いてみる』なんて言って、書き直してきたんですよ。それがすごく嫌で。トイレに立てこもって泣きました」

「このままやめてしまおうか…」。そんな選択肢が頭をよぎったUAを救ったのは、藤原氏の言葉だった。

「藤原ヒロシ君が『僕は、フロイトみたいで好きだよ』って」

「その一言でバーッと空気が変わって、このままの歌詞でいこうと決めたんです。あの時、歌詞を変えなくて本当に良かった」

デビュー前、「イメージフォーラム映像研究所」というワークショップに1年間通っていたUAは、映像を作る過程で自身から生まれてきたたくさんの"言葉"をスケッチブックに書き留めていた。

言葉のメタファーやニュアンスについては、「HORIZON」の作詞をする時にも「すごく役に立った」。

「HORIZON」の作詞で実際にイメージしていたのは、フランスの映画監督、ジャン=リュック・ゴダールの傑作「気狂いピエロ」のラストカット。どこまでも続く水平線をバックに、詩人アルチュール・ランボーの「永遠」の一節が流れるシーンを思い浮かべていた。

それを「フロイトみたい」と評した藤原氏の言葉は、UAの心に深く響いた。

抽象的なイメージを具現化する、UAの持つ"言葉"の力は、デビュー作にして成熟していたといえる。

「そうねもしこの世に言葉なんてなければ 私たちずっと一緒にいれたよね」という「HORIZON」のサビは、言葉や文字にあふれるこの世の中で生きる一人一人に、異なった響き方をする普遍性のあるフレーズだ。

「『HORIZON』は、今でもすごく新鮮な気持ちで歌えます。なんか、『いいこと言ってんな』って(笑)」

「自分は元々、歌手を目指して生きてきた人間ではなかったですけど、いちリスナーとして音楽に対する真剣な思いもありました。セールスを気にかけて、媚を売るようなものを作る性分ではないんです」

「すぐ近くにいる友人が素直に『イイ!』って言ってくれたことが、当時の自分にとってなによりの称賛だったことを強く覚えています」


「情熱」のヒット 重なった結婚

1996年には、UAの名が一気に世間に知られることとなった代表作「情熱」を発表。身の回りにはどのような変化があったのだろうか。

「情熱」ジャケット

「『情熱』がヒットしたことによってかなり露出が増えました。それまでは普段の自分とメディアに出る自分を変えようとしていなかったので、やっぱりちょっと人目を気にしなくちゃいけなくはなりましたね」

「楽曲自体は、自分自身もすごく良いものだと信じて作ったので、気に入ってもらえるとは思っていたんですけど。あそこまで急激にヒットするとは思わなかったです」

自身を取り巻く変化に戸惑いもあったというUA。同じ1996年には、結婚という大きな出来事も重なった。

「"UA"が広まっていく実感はあったんですけど、恋愛をしたり、結婚して子どもを産もうと決意したりということが平行していたので、意識としては"UA"になる以前の自分が占めていたと思います」


「大人たちが正直怖かった」

同年10月には「情熱」も収録された名盤「11」 をリリースした。商業的にも大きな成功を収めたが、そもそも「ヒット曲を作りたい」という気持ちはあったのだろうか。

「ヒット曲かあ…。『情熱』や『11』の制作までは、俯瞰して自分の楽曲が世の中にどう出るかということをイメージしようがなかったんですよね。経験がなさすぎて」

「まして歌謡曲をやるイメージもなかったし、影響を受けたクラブ・ミュージックでカッコいいことをやらないといけないと思っていたので。当時は『少しでも違和感があったらやめるぞ!』っていう態度でいたんです(笑)」

「嫌だったらやめる」--。それが事務所との約束だった。当時は「音楽業界にいる大人たちが正直怖かった」とUAは続ける。

「学生だった自分が、急に100%信頼するなんて無理じゃないですか。『情熱』『11』がヒットしたことで、その後のプレッシャーがなかったとは言えませんけど、曲をヒットさせたいという気持ちは全然なかったですね」


"鍵っ子"だった幼少期

取材前に行われた撮影の合間には、衣装をヒラヒラとさせながら、昭和歌謡の大ヒット曲であるジュディ・オングの「魅せられて」を口ずさみ、おどけてみせていたUA。

気さくでサービス精神旺盛な人柄もまた魅力的な彼女だが、どのようなルーツがあるのだろうか。

「自分は一人っ子で、母子家庭の"鍵っ子"だったので、ずっとテレビをつけっぱなしにしていました。そうしていないと怖かったんです。それで『ザ・ベストテン』や『ザ・トップテン』、『夜のヒットスタジオ』など、あらゆる音楽番組をバリバリ観てました」

「当時は主にラジオを聴いたり、借りてきたレコードをカセットテープに録音したりするのが好きでしたね」

「夜のヒットスタジオ」に出演したシンディ・ローパーが、「True Colors」に合わせジャンベを叩きながらパフォーマンスをしているのを見て衝撃を受けた。

テレビでヒット曲に触れる一方で、雑誌「宝島」を読みあさり、インディーズのバンドやYMOなどにも興味を抱く。「歌謡曲やアイドル、エッジの効いたものを当たり前に両方聴いていた感じ」とUAは振り返る。


お腹を隠しジャケット撮影

出産を経て新境地へ

1997年にリリースされた7thシングルは、マイナー調な序盤とサビの明るく開けてくるコントラストが印象的な楽曲「甘い運命」。続くシングル「悲しみジョニー」は、前作とは対照的に、暗く重たい印象を与える。

リリース時には長男で現在俳優として活躍している村上虹郎を出産。母になり、アーティストとしての新しいフェーズに入った時期だ。

「甘い運命」ジャケット

「『甘い運命』のジャケットはお腹がすごく大きい時期だったので、後ろを向いて撮影したんです。当時は、カメラに向いて妊婦姿を見せるということは選べなかった。今だったらやってもいいのになって思えるんですけどね」


「恐ろしい事件」への思いを込めた楽曲

「最初の子どもだったから、本当に日々必死でした。でも若さのおかげで回復は早くて、3カ月くらいで仕事復帰したんです。そのタイミングでリリースしたのが『悲しみジョニー』でした」

その頃、出産と前後して、社会を震撼させた大きな事件があった。「悲しみジョニー」は、その事件に対してのUAなりの思いが込められている。

「当時、神戸の恐ろしい事件(神戸連続児童殺傷事件)があって。『どうしちゃったんだろう、この社会は』という着眼点が自分の中に生まれたんですよね」

「自分なりの表現で社会に向けて書いたんですけど、それは子どもができたことが大きく影響していると思います」

アーティストとして勢いを増していった90年代。

UAは「順調にヒットが続いていて、何でも自由に取り組める状態にあったので、次に何をやるか考えるのが楽しみでしょうがなかったですね」と振り返る。


偶然流れた曲 20年ぶり再開の背景

AJICO

2000年には、浅井健一(Vo.Gt)、TOKIE(Ba)、椎野恭一(Dr)と共に「AJICO」を結成し、バンドとしての活動を始めたが、結成からわずか1年足らずで活動を終えてしまう。

そんなAJICOが、2021年に活動を再開して音楽ファンを驚かせた。20年ぶりの活動再開の裏には何があったのだろうか。

「2020年、25周年を意識した時に、日本の音楽シーンを自分なりに掘ったらどんどん面白くなって。サブスクでいろんな曲を流していたら、勝手にAJICOのアルバム『深緑』がかかったんです」

AJICO「深緑」ジャケット

「その時は掃除をしながら流していたんですけど、最初は『なんだっけこの曲?』って。全然気付かなくて、よく聴いたら自分の声で(笑)。最後まで聴いて、諭されるような思いになったんですよね」

「正直、めちゃくちゃ感動しました」。偶然流れてきたAJICOの音楽に、UAは胸を打たれた。

「AJICOとしての活動はたったの1年ですけど、全霊で取り組んでいたので最後は燃え尽きて、余力がなかったんです。それを今になって聴いて、カッコいいなと思えたんですよね。それでスタッフに『AJICOをもう1回やりたい』って伝えたんです」


他人との作品作りは「子どもを産むようなもの」

25周年、そしてAJICOの活動再開を経て、今年5月25日には6曲入り最新EP「Are U Romantic?」をリリースしたUA。

マヒトゥ・ザ・ピーポー(GEZAN)、岸田繫(くるり)、Kj(Dragon Ash)、永積崇(ハナレグミ)、JQ(Nulbarich)、中村佳穂が曲ごとに参加し、それぞれのアーティストとUAが見事に融和した作品が完成した。

UAにとって、どんな作品になったのだろうか。

「Are U Romantic?」ジャケット

「何かのメッセージとか、何かを変えたいという意図は何もないんです。ただ『ポップでありたい』というテーマを軸にして進めたので、わりと道は明確で」

「『なんでアルバムじゃなくてEPなの?』って言われるんですけど、正直6曲で精一杯です(笑)」

「作品を誰かと作るのって、子どもを産むようなものだと思うんですよね。そういう意味では6つのストーリーが自分の中にあって、"ロマンティック"そのものだなと思います」


大衆への"ラブパッケージ"

現在はカナダに生活の拠点を移し音楽活動を続けているが、8月には日本初上演となるブロードウエイミュージカル「ジャニス」で、ミュージカル舞台に初挑戦する。

演じるのは、奇しくも自身がスカウトされた当時によく歌っていたというアレサ・フランクリン役だ。

数々の巡り合わせに突き動かされ駆け抜けた激動の人生。UAは今後、どのような道を歩んでいくのだろうか。

「子育てとバランスを取りつつ、自分のツアーも秋ぐらいにやりたいなと。予定としてはそれくらいですけど、まずは『Are U Romantic?』を見届けたい」

「『Are U Romantic?』は自分にとって、大衆に向けたラブパッケージというか、ギフトラッピングしたアニバーサリー作品なんですよね。まずはそれがどういう風に世間に浸透するのかを見てみたいですし、その後に何をしたいのかを見つけたいなと思っています」


UA

大阪府出身。1995年にデビュー。「情熱」「悲しみジョニー」「ミルクティー」などのヒット曲を持ち、音楽や女優業、執筆など多岐にわたって活動。2005年より都会を離れ、カナダで農的暮らしを実践中。2020年活動25周年を迎え、2022年最新EP「Are U Romantic?」をリリース。

UA Official HP


Staff Credit

Text: 岡本貴之

Photo: 黒羽政士

Movie: 二宮ユーキ

Edit: 前田将博(LINE)、荒川のぞみ(LINE)

衣装

トップス、パンツ: yuumIueda

アクセサリー: nezu


Articleとは?

NAVERから2022年6月にBeta版としてリリースされた、簡単に表現豊かなコンテンツを作成することができる新しい投稿プラットフォームです。写真、イラスト、動画、音声、テキストなど、様々な表現に最適化された"Stylizer"を利用し、より美しく表現できます。


Written by

LINE NEWS編集部