声優としてデビューした2年後、2013年にアーティストデビュー。そこから約10年間、数多くのアニメで中心的なキャラクターを演じ、年に最低1枚はCDをリリースしてきた。
2018年に担当したテレビアニメ「ポプテピピック」のオープニングテーマは話題となり、ファン層は一気に拡大した。
上坂すみれは、声優とアーティスト、二足の草鞋を履きながら、歩みを止めずに進み続けてきた。
しかし両立に慣れてきたのは、最近のこと。多くの声優やアーティストは、養成所やレッスンなど下積みの経験をした上で、プロの世界へと足を踏み入れていく。一方上坂は、ほぼそれがない状態だった。
10年という歳月をかけて、ようやくコントロールできるようになったという"体力"。「これだけ時間がかかっても何かを続けてこられたのは、大きな自信につながっています」と、真っすぐなまなざしを携えて話した。
ターニングポイントとなる出来事や楽曲と共に、"声優アーティスト・上坂すみれ"の活動の軌跡を振り返っていく。
声優デビューのわずか1年後「まさか自分が…!」
アーティストデビューの話が持ち掛けられたのは、声優デビューしたわずか1年後。
初めてヒロイン役に抜てきされたテレビアニメ「パパのいうことを聞きなさい!」のキャラクターソングが大きなキッカケの一つとなった。
歌を仕事にするとはまるで思っていなかった上坂は「まさか自分が……!」と衝撃を受けたが、それ以上に感じたのはほかでもない"喜び"だった。
「声優として駆け出しだったから、お仕事が頂けるのはとにかくうれしくて。お話をいただいてすぐに、絶対やります!と返事をしました」
アーティストデビューを飾った楽曲「七つの海よりキミの海」は、テレビアニメ「波打際のむろみさん」のオープニングテーマに起用された。
昭和歌謡、ヘヴィメタルなどさまざまなジャンルが混在していた同楽曲は、ニューウェイブ、ロリータなどのサブカルチャーに傾倒している上坂の嗜好(しこう)を大きく反映していた。
「デビュー時から私の趣味やカルチャーに興味を持ってくれる人が多かったんです。だからアーティスト活動では、自分自身が楽しいと感じるものを表現できる可能性を感じていましたね」
「とはいえ当時は声優との両立でいっぱいいっぱいだったので、スタッフさんが私の好きなものをくみ取って曲をつくってくださいました」
声優として駆け出しだった上坂だが、アーティスト活動を機に声優ファン以外からも注目されるようになった。
リリースしたほとんどの楽曲はテレビアニメのタイアップではあったものの、それとは関係なくただ純粋に「上坂の音楽が好き」という同志(上坂のファンの名称)も集まっていた。
"アーティスト・上坂すみれ"を印象付けた大ヒット曲
数多くの人気作品のキャラクターに抜てきされ、"声優・上坂すみれ"としての知名度が高まる中、"アーティスト・上坂すみれ"を印象付けた楽曲がある。
アーティストデビューから約5年後、2018年1月にリリースした「POP TEAM EPIC」だ。
テレビアニメ「ポプテピピック」のオープニングテーマに起用されるや否や、作品の話題性と相まって楽曲も大きな反響を呼んだ。
CDの初動売上枚数はデビュー以来最高記録、オリコン週間デジタルシングルランキングは2位、アニメ部門では1位にランクイン。ビルボードにおいてもHot Animationで1位を獲得した。
この反響の大きさを上坂はどう捉えていたのか聞くと、「自分自身の功績というより、作品あっての功績だと思いました」と、どこか夢うつつのような心境であったことを打ち明けた。
それと同時に「POP TEAM EPIC」の反響が、その後のアーティスト活動へ大きな影響をもたらしているとも。
中でも大きな変化の一つに挙げたのが、"ライト層への広がり"だ。
それまでは上坂自身に興味のあるコアなファン層が多かったのに対し、「上坂=『ポプテピピック』の歌を歌っている人」という認識の人も増えていた。
「私のことをあまり知らない人が『POP TEAM EPIC』の話をしているのを聞くと、最初はちょっとドキッとしていました。だけど徐々に、そういう人たちにどうしたらもっと知ってもらえるかを考えるようになりました」
自らの嗜好を知るために、時にはSNSなどで自身の呟きを検索することがあった上坂だが、「POP TEAM EPIC」をキッカケにユーザーの嗜好を楽曲にくみ取るようになる。
それまではコンセプチュアルで電波的なジャンルの楽曲が多かったが、ライト層を意識した楽曲にも挑戦し始めた。
「どれが本当の言葉…?」直面した作詞の難しさ
2021年10月にリリースした「ドロップス」は、「POP TEAM EPIC」で得た変化がまさに反映された一曲だ。
テレビアニメ「ジャヒー様はくじけない!」のオープニング主題歌「生活こんきゅーダメディネロ」のカップリング曲である同楽曲は、上坂自身が作詞を務めた。
これまでの楽曲にはあまりないミドルテンポの曲調は、上坂の作詞スタイルへも少しばかり影響を与えた。
2014年から作詞活動をしている上坂。過去に作詞した「ミッドナイト お嬢様」(2018年)「眠れない魔物」(2019年)などは架空のキャラクターを設定して物語を描いていくようなスタイルを取っている。
一方「ドロップス」は曲調の変化も相まって、そのスタイルでは筆が乗らなかったという。それならばと、初めて自身の気持ちをつづったのだ。
「自分をどれくらい出してもいいのかあんばいが難しくて。それに考えていることってどうしても日々変わっていくものだから、どれが自分の本当の言葉なんだろう?と悩むこともありました」
そのため作詞には多くの時間を要したが、ファンからの評価が非常に高く、上坂自身も"お気に入りの一曲"として「ドロップス」を挙げていた。
「少しずつ気持ちを入れて書いたので、自分の中でもすごく頑張って作詞したなと感じています」
アーティスト活動と声優業の両立で得たもの
作詞は言葉と向き合う作業だが、声優業も"セリフ"という言葉と向き合う仕事だ。作詞を始めたことで「発声しやすい言葉を理解できるようになった」という。
ほかにも、アーティスト活動が声優の活動に生かされることは数多くあると話す。
「最初は無理な声の出し方をして喉の調子を崩すことがあったけど、地道にボイストレーニングをしたことで喉に負担のない声の出し方が理解できるようになりました」
「またレコーディングやライブで一日中体を動かすようになって、当初は体調を崩すこともあったのですが、体力がついたことで体調を崩すこともなくなりました。体力がつくと声が長く持続するから、声優業にはとても生かされていると感じます」
この話から察するに、アーティスト活動と声優業を両立させていくことは、険しい道のりだったのではないだろうか。
率直に伝えると、上坂はこう語った。「大変だと思ったことはあっても、しんどいと思うことはなかった」と。
それは、何も「楽な道のりだった」というわけではない。上坂自身の前向きであろうとする心がけと、同志たちの支えがあってこその結果だといえる。
「多くの活動をしている分、どうしても失敗してしまうこともあります。でも失敗を引きずっていると前に進めなくなっちゃうから、大抵のことはちゃんとできている、毎日頑張っているよねと思うように心がけています」
デビュー当時以上にSNSが普及し、同志からの声が届きやすくなった昨今。そのリアクションを励みに、より活動へのモチベーションを高めている。
「同志のみんなからの声もすごく励みになります。お手紙にしろ、SNSでのメッセージにしろ、『上坂さんのおかげで元気が出ました』というリアクションが一番うれしいです」
2年ぶりの有観客ライブで実感したこと
そんな同志たちの反応を生で感じられる機会の一つに、"ライブイベント"がある。上坂がアーティストとして精力的に取り組んでいる活動でもあった。
どれだけ声優業が忙しくなっても、毎年必ずライブイベントを開催し続けてきた上坂だが、その機会が突如として絶たれてしまった。
2020年、すべてのアーティストたちが直面した新型コロナウイルス禍により、彼女もまた予定されていたライブイベントが軒並み中止に。
代わりに、オンラインを通してイベントや生配信などはあったものの、「同志との直接の触れ合い」をやりがいにしている上坂にとっては物足りなさも感じていた。
だからこそ約2年ぶりに舞浜アンフィシアターで開催した有観客ライブ「上坂すみれのPROPAGANDA CITY 2021」は喜びもひとしおだった。
さらに今年に入り、約3年ぶりのライブツアー「SUMIRE UESAKA LIVE TOUR 2022 超・革命伝説」を開催した。マスク有・声援無とコロナ禍前とは全く違う様相ではあったが、「同志と顔を突き合わす有観客ライブを実施する意味を改めて実感した」と振り返る。
「イベントもトークショーもお渡し会も、とにかく同志たちとの触れ合いが大好きなんです。その"触れ合い"と"音楽の表現"の二つを同時に実現できるのが、ライブの素晴らしいことだと思います」
「そしてそれは私だけではなく、スタッフさん、バンドメンバー、同志のみんながいるから成立するもの。みんなで作り上げるからこその楽しさがあるなって、このツアーで改めて実感しました」
まだまだコロナ禍は続いているが、このツアーの模様を記録した映像作品が発売され、会場に足を運べなかった人にもライブの雰囲気が届けられる。
2023年はアーティストデビュー10周年を控えている。ようやく声優業とアーティスト活動が両立できるようになってきた上坂は「さらなる面白い仕掛け」を考案中とのこと。
そんな10周年に向けた展望を聞くと、優しくほほ笑みながら、こう答えた。
「これまで以上に、同志のみんなに会いに行けたらいいな」
Staff Credit
Text : 阿部裕華
Photo : 黒羽政士
Movie : 江草直人
Hair and make up artist : 北川恵(kurarasystem)
Stylist : 佐野夏水
Edit : 前田将博(LINE)、橋本嵩広(LINE)
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