『神風怪盗ジャンヌ』は非常に罪深い存在なのでチェックメイトしておく。

姉と私で「なかよし」と「りぼん」を共に1冊ずつ買っていた頃は平和だった。でも、ある日、小6の姉が言ったんですよ。

「私、もう漫画やめて、ピチレモン買うから」

えっ、それはつまり、なかよしかりぼん、どちらかを選べと言うこと?

今でも思い出せる、あの断腸の思い。「そんな!ひどい!どうして!」と騒ぐ私を見ても動じず「お小遣い全部使えば2冊買えるんだから、そうすれば?」と言った姉。そんな……そしたら駄菓子の「タラタラしてんじゃね〜よ」も「よっちゃん」も買えないし、300円のプリクラも撮れないし、たれぱんだグッズも買えないじゃん……! 悩んで悩んで悩んだ果てに、私の手がりぼんに伸びたのは、間違いなく『神風怪盗ジャンヌ』の引力によるものでした。

『神風怪盗ジャンヌ』は、現在でも活躍中の種村有菜先生(通称:ありなっち)による代表作品。1998年から2000年まで連載されていたのですが……、見て、この煌びやかな色味、美しい緻密な絵、そして大きな瞳! 母は「この絵、目、でかすぎ!」と突っ込んだし、今みてもたしかに顔の半分が目だ!!と思う。思うんだけど、だからなんだって言うんだ!今みても、めちゃくちゃ可愛いじゃないか!!!

神風怪盗ジャンヌ 1 (集英社文庫(コミック版)) ©種村有菜/集英社  

当時、他にも好きな作品はたくさんあって、たとえば『愛してるぜベイベ★★(槙ようこ)』『GALS!(藤井みほな)』『ミントな僕ら(吉住渉)』『グッドモーニング・コール(高須賀由枝)』などなど、熱中した記憶もあるのですが、ありなっちの作品は、なんていうかもう私の「女児マインド」に深く根ざして、もはや切っても切り離せないDNAレベルにまで到達してしまったような気がするんですよね……。おかげで今でも「種村有菜」「神風怪盗ジャンヌ」「時空異邦人KYOKO」「満月をさがして」「稚空」「逆滝」あたりのワードを聞くだけで、脳の奥がズキンッズキンッと痛んで「ウッ……封印していた記憶が……現実を生きる上で捨て去ったはずの女児マインドが……疼く……!」と悶絶してしまう。とにかくありなっちは、罪深い漫画の創造主なのです。

さて、このDNAレベルに染み込んだ『神風怪盗ジャンヌ』ですが……、すみません、正直、あんまり覚えていないんですよね……(覚えていないのに好きって変なんですけど、初恋の男の子の顔なんて全然覚えてないけど「確かに好きだった」と確信を持って言えるあの感じに似ているんです……)

そういうわけで、21年の時を超えて『神風怪盗ジャンヌ』を読んでみました。

あの時代の女児にとって、神風怪盗ジャンヌとはなんだったのか

多くの女児の心を奪ったジャンヌの登場シーン。©種村有菜/集英社

神風怪盗ジャンヌとは……石のロザリオで変身した巫女の姿をしている怪盗であり(!)、ジャンヌダルクの生まれ変わりで(!!)、準天使フィン・フィッシュと一緒に「世界を手に入れるために美しい絵に巣喰い、神様の命の源でもある人間の“美しい心”を奪っていく魔王の力」を封印するべく奮闘している、フツーの新体操部の女の子「日下部まろん」なのである。

……。

女児興奮設定が、胃もたれしそうなくらいのてんこ盛り状態。

大人になった私からすると「巫女の姿をしている怪盗…」のあたりで「ちょ、一旦ストップ」と言ってしまいそうだけれど、女児の私はすんなり受け止め、惚れ惚れしていたんですよね……。ジャンヌダルクの生まれ変わり、かっこいい〜!って。

「なのさっ」という語尾を見ただけで、記憶がフラッシュバック。当時のわたしの日記に書かれていた語尾は……ここから来てたんか……。©種村有菜/集英社

設定としては、強い女の子が悪と戦うヒーローもの。……なのだけど、『神風怪盗ジャンヌ』の魅力はこれだけではありません。そもそも、怪盗仕事は早々にメインの物語ではなくなるし、ライバルである怪盗シンドバッド(正体は同級生の、名古屋稚空)にも早々に正体がバレて、怪盗シンドバッドの正体もあっというまにバレる。斬新。

変身後の姿で、お互いに本名を呼び合っている!なんとこれ、まだ2巻。©種村有菜/集英社

怪盗の仕事よりもメインで描かれるのは少女漫画らしく、日下部まろんと名古屋稚空の恋愛模様。お互い好き同士なのに、なんでくっつかないの〜!?とヤキモキしていた記憶もあるのですが、今回読み直して初めて、この物語の本質は「恋愛」でもないことに気づきました。

『神風怪盗ジャンヌ』とは、寂しがりで強がりのまろんが、弱い自分自身をも受け止めて、居場所を見つける物語でした。

まろんの両親は、まろんが10歳の頃に海外に行ってしまい、それ以来、連絡もしてこない。さみしい女の子はかわいい、と間違った学びを得ましたね、ええ。©種村有菜/集英社

さみしがりで、怖がりな自分自身を拒絶し「私は強い」と唱え続けた、まろん。

両親が自分を見捨てた経験を経て、「ひとりになるくらいなら、人を信じたくない」と思った、まろん。

そんな彼女が、ラストには弱い心を持つ自分自身と対峙し、やがて受け入れる…。という、『ゲド戦記』にも通じる大変太い作品になっているのだった!

©種村有菜/集英社

うーん、小学生の時は「弱さも自分自身。弱い心をも受け止めることこそが、強さである」なんていう本質には、全くたどり着かなかった……(私の心が幼かっただけなのか?)。

とにかく「絵、きれ〜!」「まろん、かわい〜」「えっ!まさかの裏切り!」「稚空……かっこい〜〜〜」と、それしか頭になかったどころか、「さみしい女の子=かわいい!」「心に闇がある女の子=かわいい!」「弱さを隠して強がる女の子=かわいい!」と、間違った知恵だけを手にしてしまった。なんてこった。種村有菜先生、罪深いよ!

かっこよすぎるキャラを見て、こういう恋愛がしたい!と刷り込まれた

「さみしい女の子がモテる!」などなどツッコミどころ満載の学びを得てしまった私だけれど、さらに救い様がないのが、まろん×稚空の恋愛模様を通じて「うへ〜〜! 恋愛ってこういう感じなの!?」と、少女漫画脳のエンジンをブォンブォン空吹かしてしまったこと。

キスって首筋にもするものなの!?!?と初めて知りましたよ……。©種村有菜/集英社

ひぃ、女の子を抱きかかえても、男の子にとっては「軽い!」んだ!!!©種村有菜/集英社

小学生には難易度が高い。「純潔を奪う」と言い放つシーンには、わけもわからずドキドキした記憶……。©種村有菜/集英社

また、当時のりぼんにしては驚きの、大人なシーンもあり、えっ、こんなのっ、読んでいいの!?と初めての「罪悪感を持ちながらも目を離せない体験」もしました。ちょっと刺激が強く、でも、だからこそ何度もこっそり読んだもの。

細く本を開けて、うっすら見た記憶がある。裸だし!?これって!?お母さんにバレたらどうしよ!?ってドキドキして、子供部屋で続きを読んだよね。©種村有菜/集英社

まだ恋愛とはなんたるものかを全く知らなかった私に、かっこよすぎる男の子が出てくる種村有菜作品が「こんな恋愛したい!」の憧れの種を植えつけてしまったんですよね。

でも残念ながら、現実世界は全くちがう。

心に闇を抱えていることをアピっても面倒臭がられるだけだし、泣いた後に笑顔で取り繕ってもほとんどの人は気づかない。さみしいの……とつぶやいてみても「そうなんだ」と返ってきてお終い。なにより付き合う前から首にキスしまくる男はただの犯罪だしって感じで、「憧れ恋愛の種」はいつまでも芽吹かなかったんですけどね。残念。

大人になっても読む度に湧き上がる女児マインド

さすがに「りぼん」で初めて読んだときと同じほどの興奮は味わえないにしても、それでも、今読んでも……。は〜〜〜〜〜〜。いいな〜〜〜〜〜〜〜〜。すげ〜〜〜いいじゃん〜〜〜〜。って、女児マインドがむくむく湧き上がって、きゅんとしてしまう。やはりDNAに刷り込まれています。本当にとてつもなく罪深い漫画よ。

落ち着け私。女児心を封印して、日々を生きていかねば。そろそろ現実に戻ります。

未だ私に巣食う女児マインドよ、チェックメイト。