サブカルは死んだままなのか。漫画『世界の夜は僕のもの』が描いた90年代

あの頃、東京に生きた若者たちのカルチャー

渋谷直角の名前を認識したのは、マガジンハウスの雑誌『relax』だった。

1996年に創刊され、1999年に一度は休刊、その後2000年に復刊し、2006年まで発行された『relax』は、グラフィック・アーティストのフューチュラ2000や現代美術家のKAWS、SILASやSupremeといったブランドなど、海の向こうからやって来る当時最先端のストリートカルチャーを抜群の感度でキャッチしながら、スティールパンやフリーソウルの特集では再評価のムーブメントを生み出し、かと思えば、モスバーガーやペプシコーラなどの身近にあるあれこれもハイセンスのアートディレクションで素敵に見せる、雑誌に夢と憧れを抱かせる存在だった。

もはや、おしゃれなものを『relax』が取り上げる、から突き抜けて、『relax』に取り上げられるものはおしゃれ、というrelaxブランドを確立していた(なお、この“おしゃれ”という言葉は誤解を生みがちな表現で、なんとなく軽薄なイメージで捉え、嫌悪感を抱く人もいるかもしれないが、ここではあくまで辞書にある「洗練されていること。また、そのさま」の意味で使っている)。

"金八先生"の顔面どアップでも『relax』はイケていた

無双状態で次々と世に放たれる特集のなかで、たびたび「藤子・F・不二雄」や『月刊コロコロコミック』など、およそおしゃれな文脈で扱われそうにないテーマの特集も組まれ、なかでも印象的だったのは、2005年の「TV RELAX?」と題されたテレビの特集号。

巻頭は『3年B組金八先生』の撮影現場のグラビアで、表紙は武田鉄矢a.k.a坂本金八の満面の笑みのアップ。

本棚にある「TV RELAX?」特集号(筆者撮影)/リラックス2005年1月号(マガジンハウス)

「『relax』は金八までイケてる特集にするのか!」と、当時バラエティ番組の制作会社の新入社員としてテレビ業界の最下層に位置するADだった私は、徹夜で落とし穴を掘ったり、お寿司に大量のわさびを入れたり、安全確認のためにロケハンで池に落ちたり(どろどろの池には自転車などが沈んでいて、ADが怪我をしたらロケで落ちないよう芸人へ注意を促す)、タレントが収穫する用のキノコをスーパーで買って山に埋めたりしながら(キノコに限らず、O.Aの時期に合わせて、シーズンではなくともなぜかロケのタイミングでは収穫できるのが当時のテレビ)、その眩しい誌面と自分の立ち位置とのあまりのギャップに涙を流しながら読んだ。​​

「text/Chokkaku Shibuya」から漫画家・渋谷直角へ

それらの異彩シリーズは、ついデザインの美しさのほうに引っ張られがちな他の特集に比べて、とにかく文章がおもしろかった。

リード文や本文はもちろん、インタビューの構成や写真のキャプションに至るまで、明らかに“笑い”を志向している文章だった。クレジットを見ると、そこには必ず「text/Chokkaku Shibuya」と書かれていた。

また、「a girl like you 君になりたい」という連載ページには、ブレイク前の新人モデルや俳優を被写体に、佐内正史が撮りおろした瑞々しいグラビア写真が掲載され、添えられているのは「もしこの子が幼馴染だったら……」的な、やたら具体的で生々しいシチュエーションの妄想エピソードを書き綴った文章だった。

その文章にも“笑い”の成分はしっかりと注入されていて、やはり「text/Chokkaku Shibuya」とクレジットされていた。

当時の私は、おしゃれな『relax』にときめくと同時に、洗練とは程遠いベクトルにあった雑誌『TV Bros.(テレビブロス)』にも心酔していた。

空白のスペースを許さず、レイアウトもいい加減で、異常な密度で詰め込まれた文章からは、「おもろい以外いらんねん」のイズムが漏れ出ていた。『relax』と『テレビブロス』は、それぞれが別の流儀と正義を持っていて、およそ相入れない文化圏を形成していたのだが、Chokkaku Shibuyaは、その両方を兼ね備えているように思えた。​​

『TVBros.』のバックナンバー(東京ニュース通信社刊)

そんなChokkaku Shibuyaが時を経て、ライターから本格的に(『relax』時代にも『RELAX BOY』という漫画を連載していた)漫画家・渋谷直角として、2013年に発表した漫画が『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』である。

マンガ『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』でサブカルは死んだ

表題作は、35歳で花*花『あ〜よかった』のボサノヴァカバーでデビューする女性シンガーの話。

『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』表紙(C)Chokkaku Shibuya,Fusosha 2013

ほかのエピシードは

< 空の写真とバンプオブチキンの歌詞ばかりアップするブロガーの恋>

<ダウンタウン以外の芸人を基本認めていないお笑いマニアの楽園>

<口の上手い売れっ子ライター/編集者に仕事も女もぜんぶ持ってかれる漫画 (MASH UP)>。

そして巻末には、私が編集を担当した<テレビブロスを読む女の25年>も収録されている。

各エピソードのタイトルからも分かる通り、あの頃『relax』で披露していた“やたら具体的で生々しいシチュエーションの妄想エピソード”と“笑い”への志向は、漫画家としての創作力に昇華され、2010年代を生きるサブカルをモチーフに炸裂していた。

サブカルに生きる人々を描いた同作。「TVブロス」の文字も/『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』より (C)Chokkaku Shibuya,Fusosha 2013

単行本の扉ページには、筆圧強めに「この作品はものすごいフィクションです!​ 実在の人物、場所、団体などとは一切関係ありません! 一切!!」とは書いてあるが、それでもやはり、一部界隈のリアルをえぐったことは間違いない。それは同時に、良質なフィクションの証拠でもあった。

<カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女>も<空の写真とバンプオブチキンの歌詞ばかりアップするブロガー>も<ダウンタウン以外の芸人を基本認めていないお笑いマニア>も、あの時代の現実を生きていたし、サブカルと呼ばれる人たちみんなの身に覚えのある、他人事とは思えないキャラクターだった。

事実、紆余曲折あって地獄のAD稼業から抜け出し、この漫画が刊行された2013年には、憧れだった雑誌『テレビブロス』編集部に所属する編集者になっていた私は、ライター志望の若者を主人公した<口の上手い売れっ子ライター/編集者に仕事も女もぜんぶ持ってかれる漫画 (MASH UP)>を読んだ知り合いから、「あの話……おぐら君のこと…だよね…」と、よく言われた。

大げさではなく、20人くらいから言われた。そのくらい物語とキャラクターに強度と威力があった証拠である(加えて、まわりにそう思われたのは、私が量産型カルチャー雑誌編集者を全身で体現していたから、というのも大きい。当時の私は、多くの人がイメージする「カルチャー系の雑誌編集者とかライターってこういう感じだよね」というテンプレをあえて模倣していた。まさに「絵に描いたような」を目指していた。というか、今でもその意識はある。なぜそんなことをしているのかの理由についてはまた別の機会に)。

『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』より<「口の上手い売れっ子ライター/編集者に仕事も女もぜんぶ持ってかれる漫画 (MASH UP)> (C)Chokkaku Shibuya,Fusosha 2013

帯文で能町みね子が「この漫画で一度サブカルは死ね!そして甦れ!」と書いている通り、この漫画によって、2013年にサブカルは本当に一度死んだと思う。​

進化を続ける渋谷直角の表現

『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』以降、渋谷直角の漫画は、『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』が映画化(監督は大根仁)、『デザイナー渋井直人の休日』もドラマ化されるなど、着実に漫画家としてのキャリアを積み上げ、その表現も進化していった。​

実写映画では妻夫木聡が主演を務めた/『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』より (C)Chokkaku Shibuya,Fusosha 2015

現在も『otona MUSE』で連載中の『デザイナー渋井直人の休日』は、1話完結の形式ゆえに、肩の力が抜けたような安定感があり、作中に登場するブランドやショップなどの固有名詞も物語世界の日常にうまく馴染んでいる。​

その後の『さよならアメリカ』では、物語の中にサスペンスの要素が組み込まれ、構成の部分での広がりを見せた。

それでもまだ、あのとき死んだサブカルが蘇ることはなかった。

観察者の視点から当事者目線へ

そして2021年、新作『世界の夜は僕のもの』が発表された。

『世界の夜は僕のもの』表紙 (C)Chokkaku Shibuya,Fusosha 2021

各エピソードのタイトルは

<1991年『i-D JAPANとレニー・クラヴィッツ』>

<1990年お笑い第3世代と『LIVE笑ME!!』>

<1993年魚喃キリコと『CUTiE』>

<1994年レコードショップと「元ネタ」>

<1994年『オリーブ』と裏原宿>

<1995年『コミック・キュー』とナチュラルハイ>

<1993年 『週刊朝日』と『ダウンタウン汁』>

<1996年 ドント・ラスト・オーバー30>

ものすごくシンプルになっている。もはや記録としてのタイトルと言ってもいいほどに、年代と要素だけを簡潔に記している。

1990年代の東京を舞台に、漫画家の卵になった専門学校生や、芸人を志すお笑い好きの高校生といった若者たちが、精一杯の青春を生きるエピソードの数々。90年代を描きながらも、「昔はよかった」的な回顧録に収まるのではなく、あの時代に生まれた文化や流行が、いまの時代とも確実に繋がっていることの証が随所に散りばめられ、ノンフィクションのドキュメンタリー要素と、フィクションの青春譚との絶妙なバランス。

90年代カルチャーを生きた"東京の若者たち"が描かれている/『世界の夜は僕のもの』より (C)Chokkaku Shibuya,Fusosha 2021

何かに夢中になったり、理想の自分に近づくためにもがいたり、身近な人に嫉妬したり、傷ついたり、たまにうまくいって有頂天になったり、そういった感情は、時代を問わず、普遍的であることが描かれている。90年代の東京を、一人の若者として体験し、サバイブしてきた渋谷直角の汗と涙が結実しているような作品だ。

作中に出てくる雑誌やテレビ番組、漫画家やお笑い芸人など実在の固有名詞に、作者の個人的な愛情も感じられる。

これまでは、登場するキャラクターの内面やシーンにリアリティと奥行きを持たせるために、いわば記号的に扱われていた固有名詞が、本作では、作者である渋谷直角自身が夢中になったものという意味合いが強い。

「あのブランドが好きな人はこういう感じ」とか「あの店に行く客はこんな感じ」といった観察者の視点ではなく、「俺が好きだったものはこれだ」的な主観を立脚点に、当事者目線で描く。これは大きな転換点だと思う。

お笑い第3世代の記憶を残した希少性

エピソード単位では、ダウンタウンとウッチャンナンチャンを筆頭に、爆笑問題やZ-BEAM、ビシバシステムなどが登場する<お笑い第3世代と『LIVE笑ME!!』>がとくに興味深い。

あの頃の「お笑い」を当時の若者がどう受け止めていたかが伝わる/『世界の夜は僕のもの』より (C)Chokkaku Shibuya,Fusosha 2021

当時のお笑いシーンが具体的に描かれているだけではなく、そのシーンをファンはどういった気持ちで眼差していたのかの貴重な記録にもなっている。

いまでこそ、SNSには膨大な“眼差し”が記録されているが、インターネット以前の時代、テレビや雑誌などのメディアに本人たちが語ったインタビューが載っていたり、年代や番組名の記載だったりは数あれど、広く大衆がどう受け取っていたのかの記憶は残されていない。あの漫才やコントが、あの芸人やあのテレビ番組が、実際にどういった感情を抱かせていたのか、それを知るための手がかりとしての希少性がある。 

サブカルの存在を信じたい

90年代を知っているからこそ「あの時代はフェイクだった」と思っている人も、あるいは「あの時代は最高だった」と思い出を美化している人も、まだ生まれる前のことで漠然と憧れている人も、何の思い入れもない人も、関係ないとは言い切れない、文化の地層を本作は描き出している。

ただし、90年代を舞台にしながらも、あの頃日本中に鳴り響いていた、THE 虎舞竜の『ロード』も、J-WALKの『何も言えなくて…夏』も、岡本真夜の『TOMORROW』も、FIELD OF VIEWもDEENも、CHAGE and ASKAもDREAMS COME TRUEも出てこない。それは、この漫画がサブカルだからだ。​​

現代において、「サブカル」という言葉は非常に扱いづらい。「そういうラベリングは不当だ」と言う人もいるし、「そんなものはなかった」と言う人もいる。でも私は、サブカルという存在を信じている。かつては希望も抱いていたし、その後は絶望もしたけれど、その存在は否定したくない。

たしかにサブカルは一度死んだ。けれど、ようやく蘇った。だって、夢と憧れを胸に、『世界の夜は僕のもの』と言える若者たちが、ここに描かれているのだから。