移住経験者も共感しまくりの『漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしをしたら異世界だった件』

もっと、もっと自然の中で暮らしたい

いま自分が生きている人生と漫画の世界が不思議とリンクしている。

とある漫画雑誌の編集者だった作者の実体験がベースとなっている『漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしをしたら異世界だった件』。

ストレスフルな都会暮らしに違和感を覚えた主人公が、田んぼの稲作体験に出会ったところから価値観が少しずつ変わっていき、夫婦2人で移住生活に挑戦するストーリーだ。

『漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしをしたら異世界だった件』1巻表紙 ©︎クマガエ・宮澤ひしを/講談社

もっと、もっと自然の中で暮らしたい。

抑えきれない欲求に逆らうことなく、「田舎暮らし=異世界」の道に足を踏み入れながらも、日々の厳しい暮らしに悩みもがいていくさまは、コロナ以降のニューノーマルな価値観の提示として心地が良い。

あえてがんばりすぎない。あえて田舎暮らしを異世界に置き換える。

主人公は都会生活の疲れの中で自然の魅力に触れ、田舎=異世界へ誘われる

『漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしをしたら異世界だった件』1巻より ©︎クマガエ・宮澤ひしを/講談社

過剰に増えすぎている異世界モノへのカウンター的な間口ではあるものの、都心中心の利便性を追求した生活から自然中心の理不尽な暮らしにスイッチすることを「異世界」と呼ぶことはなんら違和感がない。実体験だからこそ言える比喩ではないだろうか。

豪雪地帯の大雪体験は異世界だった

かくいう私も田舎暮らしの異世界に踏み込んだ編集者だ。

転生はしていない。そのまま地続きの自分として、長野県の山奥に畑付きの平屋を買った。

がっつりリノベーションをしながらの暮らしは、今年の冬の大雪を体感して「あ、異世界だな…」と感じる瞬間の連続だった。

旅先での雪体験とは違って、2メートル以上の雪がしんしんと降り積もる状況を放置すれば、先送りできない地獄のツケを支払うこととなるリアリティ……。

屋根上は圧雪でコンクリートみたいな重みで、日中の陽当たりがよければ落雪感覚で大きな音を立てながら落ちてくる危険性も……。雪が落ちた反動で凍った雪の塊が玄関の窓ガラスに飛んでいったら、笑えないぐらいの悲惨な新居生活が待っていてもおかしくなかった。

主人公夫婦もまた、都会とは全く異なる台風の脅威を経験する

『漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしをしたら異世界だった件』2巻より ©︎クマガエ・宮澤ひしを/講談社

雪は凶器。同時に自然のたくましさと風土を彩る大事な資源でもある。

まぁ、このあたりは友人の大工や知り合いに定期的な除雪を求めながら、なんとかこの冬を乗り越えることができてホッと胸を撫で下ろしている。

畑の作業でもお隣さんのヘルプが異世界だった

春になっても家は完成しない。

​「せめて畑だけでも手を出してみるか…!」と2年間の経験値を積んだ家庭菜園レベルの知識とスキルを駆使すべく準備することにした。

ここで功を奏したのが、家の完成が遅れたことによってお隣さんと話す機会が増えたことだ。目の前に「頑張ってるね〜〜」という移住者や若者がいたら、興味本位で話しかけてくれる。だからこそ畑をやることは違う側面でも有用だ。

「大雪の中でリノベーションの作業大丈夫かい?」

「もし畑をやるんだったら耕運機で一回起こしといてやるよ」

「大きな石が転がってたから、ついでに全部動かしてやったよ」

などなど、車で片道40分の街から通いながら農作物を育てることの難しさに悩んでいたところ、長くその土地に住んでいるお隣さんが獅子奮迅の異世界レベルなヘルプを施してくれた。

しかもあらゆる重機を持っていて、田舎暮らしのDIYスキルがビッグボス級。家も自分で建てるし、ジェイソンよりも巨大なチェーンソーで木も伐採するし、鉄の素材も溶接やレーザーで自由自在に扱えちゃう。

「やっぱり田舎暮らしの実践者は全然違うなぁ」と膝を打つほど感心してしまった。

現状の畑は初心者すぎてもう手入れもままならない状態だが、一年目の田舎暮らしの中で成果はどうあれ、実践と検証を繰り返すことが第一だと思っている。

日々の農作業から社会を見つめ直す主人公に共感

やらないよりも、やったほうがいい。冒険ゲームの代名詞「ドラクエ」でいうならば、スライムを1匹倒さないよりも倒したほうが少しでも経験値が得られる。

この小さな挑戦の手数が日々の暮らしの中で生まれる環境こそ、田舎暮らしに充足感を得られる大きな要素なんじゃないだろうか。

本作『漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしをしたら異世界だった件』も同様に、日々の農作業の中から社会を見つめ直すきっかけに対する喜びが満ち溢れている。

『漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしをしたら異世界だった件』1巻より ©︎クマガエ・宮澤ひしを/講談社

自分でお米や野菜を作れば死ぬことはない。私自身も全国のローカル取材を通して、かなり似たような感情を抱えている。

もっといえば、自分の都合で扱える「土」と「水」を確保できているかどうか。いい土といい水があれば生活コストをグッと下げられる武器になりうるし、災害や戦争で既存のインフラが止まってしまったときは防具にもなりうる。

攻守揃ったサバイバルの道具かつ、田舎暮らしをDIY精神で楽しむ遊びすら生んでくれるのだからサイコー!

田舎暮らしは幸運と挫折の繰り返しが面白い

まだまだ始まったばかりの田舎暮らしではあるが、ちょうどいい都市部と行き来しながら、がんばりすぎない範囲で自ら選択した異世界を開拓していきたいと思っている。

楽しさも苦労もたくさんの田舎暮らし。主人公夫婦は中盤、ある決意をする

『漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしをしたら異世界だった件』3巻より ©︎クマガエ・宮澤ひしを/講談社

とりあえずの私の目標は、長年放置された畑の土を循環させて、微生物豊かな環境に戻すこと。

農薬や化学肥料に頼らず、その場で刈り取った雑草、山林の落ち葉、燃やした木灰、脱穀した後のもみ殻などを土に混ぜ込んでいきたい。環境を整えて発酵させれば、植物質の完熟堆肥をつくることができるらしい。自然の錬金術だ。

この完熟堆肥を作ることができれば、地球の限られた地下資源に依存することなく、目の前にあるお宝を循環させて生きていくことができる説!

材料を購入したDIYもどんどん実践していきたいが、自分の買った土地にある素材だけで何かを錬成できるなんて、編集者の好奇心が芽生えて仕方がないじゃない。湯水の如く、こんこんと湧き出るに決まっている。

湧き出た好奇心で溺れて、肩まで浸かって身体を温めて、自然の理不尽さでクールダウン。きっと田舎暮らしの異世界は、幸運と挫折の連続が面白さを担保するのだろう。

小さな実践が異世界の扉をノックすることができる

社会的な視点でいえば、現在、肥料高騰に苦しむ農家は少なくない。

こういった肥料の問題や気候変動の猛暑、台風増加などはもしかしたら身近に感じられないかもしれないが、農業や田舎に限った話ではなく、都会も含めた”自分の暮らしそのものにある”と最後に伝えたい。

だって全部つながってるんだもの。

農業に接することで遠くにあった社会問題が身近に感じられる瞬間も

『漫画編集者が会社を辞めて田舎暮らしをしたら異世界だった件』4巻より ©︎クマガエ・宮澤ひしを/講談社

もしこのまま日本の平均給料が下がって、一方で野菜の値段が5倍になってしまったら……? 当たり前にお金で買える野菜の価値は、これまでのものと大きく変わってしまうだろう。

食物繊維がなければ日本人の健康は悪化するかもしれない。和食中心の食文化も消滅してしまうかもしれない。そんなのイヤすぎる。

もっと気軽に大量のトマトやズッキーニなどの夏野菜を堪能したいし、水分補給代わりにきゅうりをポリポリと貪りてぇ〜〜。

長野県内では、急な猛暑と雨不足、そしてその後の大雨により高原レタスが大量廃棄されて、今後の生育も危ぶまれているそうだ。これらのニュースに対して当事者意識を持てるかどうか。

それは異世界に足を踏み入れてみないとわからない。自分で積み重ねた経験値が、他者への想像力にもつながると思う。小さく、弱くても、ひとつずつ実践したカケラがあれば、農業や林業、漁業など、私たちの暮らしを根底から支えてくれている異世界の扉をノックすることができるはずだ。

ちなみに反対側に住んでいるお隣さんはオーストラリア人男性と日本人女性の夫妻。今度、パーマカルチャーセンターを作るそうだ。日本の隣人から異国の隣人まで。異世界はどんどん広がっていく。