「推しが売れること」をはっきりと認識させてくれた “あの頃”のPerfume

ブレイク前から変わらない、3人の輝き。

物心がついた頃からずっと、ステージで歌って踊る女の子が大好きでした。目覚めは森高千里さん、その後はハロー!プロジェクトを中心に、アイドルシーンを追いかけています。

それでも、アイドルファンが言うところの「接触」、つまり握手会やチェキ会はどうしても苦手です。なんというか、感覚的にはステージの上の人でいてほしいというか。そもそも何と声をかけたらいいのかわからないし、アッアッアッ……って戸惑ううちに剥がされそうだし。それに、無理なく持続可能なオタク生活を強く意識しているので、CDやグッズを大量購入、といったような行為とも無縁。

そんな私が握手会に通った唯一のアイドル……それがブレイク前夜のPerfumeでした。

「コンピューターシティ」をきっかけに現場へ通うように

存在自体は認識していたものの、一気にのめり込み、現場に足を運ぶようになったきっかけは2006年1月にリリースされたメジャー2ndシングル「コンピューターシティ」。大前提として、プロデューサーでもある中田ヤスタカが作るサウンドがかっこよく、本人たちの軽やかなダンスもふくめ、しっかりアイドルしていた点が魅力的だったことは言うまでもありません。

さらには応援したくなる、いや「応援しなきゃ」と思う要素がたっぷりあったんです。大手芸能事務所に所属はしているけれど、地元のダンススクールで、本人たちの意志で結成した3人組(のっちは後から加入)であること。親元を離れての寮生活と下積み……というストーリー。現在まで続くMIKIKO先生振り付けのダンスも癖になるし、こんなのハマらないわけないでしょう……。

メジャーデビューをきっかけにユニットのコンセプトが「近未来テクノポップユニット」にガラッと変わったこともあり、ハマるタイミングとしてはちょうどよかったのかもしれません。「生でPerfumeを見たい!」とスケジュールを調べたところ、3rdシングル「エレクトロ・ワールド」のリリース関連イベントが秋葉原で実施されるタイミングだったので、すぐに現地に足を運びました。

イベント前、ドトールでコーヒーを飲んでいたら歩行者天国でビラ配りをする3人に遭遇し、慌てて店を出て受け取ったのもいい思い出です。それまで私はモーニング娘。という、結成当初からみんなが知ってる国民的アイドルのファンだったこともあって、「アイドル本人がここまでやるんだ」と驚いたんですね。当時のPerfumeは、そこまでしないとイベントにファンが集まらない、厳しい状況だったということにも……。

今では信じられないですが、2006年当時のPerfume現場は男性が多く、握手会であ〜ちゃんに「えっ、女の子がおる!!なんで来てくれたん!?」と声をかけられるくらいには、女性ファンが少なかったんです。とはいえ、当時から固定客はついていたし、定期的なリリースもあったから、不遇というわけでもなかったように思います。だって本人たちのパフォーマンスも、楽曲も素晴らしいんですもの。

「ポリリズム」での大ブレイクと、取れなくなったチケットと

ただ、3枚目のシングル「エレクトロ・ワールド」発売の後、ベストアルバム『Perfume〜Complete Best〜』のリリースが発表されたときは新譜の嬉しさよりも、「もしかして、契約終了=解散!?」という不安が上回ったものです。

私は大学生で、使えるお金もそんなにありませんでしたが、出来るだけファンとして直接メンバーに気持ちを伝えたいと考え、得意ではない握手会にも通い、CDは出来るだけおしゃれな友達に配ることにしていました。

そんな心配を吹き飛ばすように、Perfumeは2007年9月リリースの5枚目のシングル「ポリリズム」をきっかけに一気に大ブレイク。2008年にはMステに出演、11月には日本武道館単独公演、12月にはNHK紅白歌合戦に初出場を果たしました。

目まぐるしく変わっていく環境。もしかしたら、スタッフも予想できなかったのかもしれません。ブレイク直後、人気に対してライブ会場のキャパが見合わず、チケットが取りにくい時期もありました。画用紙に「チケットを譲ってください」と書いて会場の近くで立ってみたのも、この頃のことです。

私はメディアが賞賛として「アイドルを超えた」と表現することにも違和感があるし、別件でも、アイドルが突然アーティスト宣言をしたり、「アイドルじゃない」と発言したときに、寂しさを感じることがたくさんありました。

でもPerfumeは、その区切りが曖昧なままスターになっていったというか。ブレイクポイントは明確に「ポリリズム」だったけれど、アイドルかアーティストかという自分たちの立ち位置を受け手に委ねてくれるところが好きです。2022年7月現在、公式サイトのプロフィール文も「あ~ちゃん・かしゆか・のっちからなる3人組ユニット」ですからね。

Perfumeの足跡が感じられる、衣装の移り変わり

さてさて。Perfumeの魅力のひとつである衣装についても。インディーズ初期こそフリフリにお花やぬいぐるみがついているようなデザインだったけれど、イベントで着用するアイテムも独自の衣装のほか、「一般的に10代でも買えるブランド→やや高いブランド(DOLLY GIRL BY ANNA SUIなど)→ハイブランドや国内デザイナーズブランド」の流れで変わっていきました。本当に面白いくらいにシュっと、スムーズに変わっていって、見ていて楽しかったです。

MV衣装も序盤から既製品をうまく活かしています。『Dream Fighter』であ〜ちゃんが着用しているのはRubyrivetのワンピースで、『love the world』ではお揃いのagnès b.。『ねぇ』ではこれまたお揃いのMarimekkoと、タイアップがついていたNATURAL BEAUTY BASICを着用。

とくに、2012年頃から着用しているMame Kurogouchiがハマってるし、おしゃれで綺麗なお姉さん、というPerfumeのイメージを確立するきっかけになったように思います。2015年リリースの「Pick Me Up」のMVは伊勢丹とのコラボレーション。伊勢丹新宿店の前を歩く3人が持っているのも、Mame Kurogouchiのアイコンバッグです。

思えば、私が握手会に行くようになった2006年頃はメンバーもまだ高校生で、爪先にジェルはついておらず、ネイルポリッシュが塗られていました。照れ臭くてうまく目を見られなかったけれど、「休日のイベントのためにネイルを塗って、平日は学校のためにすぐ除光液で落とすんだろうな〜」とか考えながら、彼女たちの手元をぼんやり眺めた記憶があります。ブレイク後、爪先に綺麗なパーツが光っているのを見つけたときにはたまらなくうれしかったです。MCでも「美容院が経費で落とせるようになった〜」とか「少し高い靴を買うようになりました」とか、暮らしぶりを報告してくれていたのが微笑ましかったですね。

ステージセットもどんどん豪華になり、今やNHK紅白歌合戦も14年連続出場。2010年の東京ドーム初単独公演からはRhizomatiksと協業し、最先端技術をどんどん取り入れたステージが武器にもなりました。その後もCoachellaなど海外のフェスにも出演し、話題に。

推す、という言葉がまだ正直なところしっくりはきていないのですが(だって私はオタクをしているだけだし)。「応援している人が売れていくって、こういうことなんだ」を、リアルタイムで見られたことは、とてもラッキーでした。私にとってはPerfumeが、推し活の原体験です。

今までもこれからも、Perfumeは進化し、外部のクリエイターとの協業によって、どんどん拡張し続けるでしょう。それを見ていくのが、楽しみです。


Written by

小沢あや