ラップ経験ゼロの友達2人が、突然ステージに立ち、瞬く間に見る者を魅了。有名企業のCMソングを手掛け、ドラマのオープニングテーマや映画の主題歌にも起用された。
いつでもどこでも楽しげで、見る見るうちに周囲を笑顔に変えていく──。そんな仲良し2人によるラップユニット・chelmico。
しかしその裏には、もどかしい日々を送った孤独な学生時代や、パブリックイメージとのギャップに悩んだ過去もあったという。
それでも彼女たちは、周囲に流されることなく前進し続けた。ブレないスタンスの神髄を探っていくと、2人の"成功のカギ"が見えてきた。
「2人1組になって」相手がいなかった体育の授業
研ぎ澄まされたセンスで"かわいい"と"格好いい"を兼ね備え、性格も明るく伸び伸びと過ごしていそうなRachelとMamiko。
パワフルで怖いものなしに育ったのかと思いきや、学生時代の話を聞くと真逆の姿が浮き上がる。
Rachel: 小中学生の頃は明るい性格で、クラスの催しなどでもリーダーシップを発揮するタイプでした。でも高校生になってからは、趣味が合う子がいなかったのもあり、基本1人で過ごすようになりましたね。
Rachel: 体育の授業で「2人1組になって」って先生が言った時、「どうしよう、パートナー見つかんない」みたいな。
軽音楽部に所属し、ロックバンドを組んで文化祭のステージに立つことはあった。しかし、その仲間たちとも"同志"と呼べるほど打ち解けることはできなかった。
Rachel: ロックって言ってもいろんなバンドがあって、さらに私はRIP SLYMEも好きで。でも周りに"趣味がめっちゃかぶる"って子がいなかったんですよね。
Rachel: だから「いいや、私のことは分かってもらえなくても」みたいな。当時は尖ってたと思います。
友人を作ることを諦めた彼女は、疎外感から自分を守るように、殻に閉じこもった。
Mamiko: 私も周りの子と趣味が本当にかぶらなかった。学校では"普通が正義"みたいな空気が漂ってたから、あんまり自分から趣味の話をしようともしてなかったです。
エスカレーター式の学校に内部生として通っていたMamiko。クラス内のグループは幼いうちから構成されていき、その人間関係は彼女にとって窮屈なものだった。
Mamiko: カーストもあって、私は強い女子のグループに入れられて。でも、本当はどこにも属したくないし、特定の子だけとすごく仲良くなりたいわけでもなかったんですよね。
Mamiko: だから、音楽とかお笑いとかの趣味の話はしなかった。一緒にいる子たちが西野カナとかRADWIMPSとかが好きって言ってたら、「うんうん、私もそれ聞く」みたいに適当に合わせてました。
同世代に人気のアーティストが嫌いだったわけではない。ただ、もっと好きな音楽があっただけ。
それは隠すようなことではないが、当時の彼女には、周囲に受け入れられる自信も、内面をさらけ出す勇気もなかった。
Mamiko: クラスメートは知らないようなロックとか民族音楽とかフォークとかを1人で聞いて帰る。それで憂さを晴らしてました。
人に囲まれていても、心は満たされない。もどかしい日々から逃げるように、放課後は1人の世界に没頭した。
「RIP SLYME好きなん?」やっと出会えた"同志"
そんな2人が出会った場所はマクドナルド。カメラを趣味とする共通の友人から声をかけられたのがきっかけだったという。
Mamiko: 私とRachelを2人で撮りたいって言ってくれたので、待ち合わせて会ったのが最初です。西日暮里のマックで制服で待ってて。
Rachel: そうそう、2階でね。私はカットモデルした後だったんだよね。
馬が合うとは感じたが、お互いにその場限りの縁だと思っていた。しかしその縁は途絶えず、後日また撮影に呼ばれ、再会することになった。
Mamiko: その時にスタジオで流れてたRIP SLYMEの曲にノッてたのが私たち2人だけだったんですよ。それで「RIP( SLYME)好きなん?」みたいになって、一緒にカラオケに行きました。
Rachel: RIP祭りだったよね(笑)。
Mamiko: RIP SLYMEはちょっとだけ世代が上だったし、まず同世代でラップを聞いてる子がいなかったから、初めて「カラオケってこんな楽しいんだ!」「自分以外にもRIP歌えるヤツいるんだ!」みたいな(笑)。
やっと趣味が合う"同志"に出会えた。これまで固く閉ざされていた2人の心の扉が、勢いよく開いた。
Rachel: すっごい楽しくて、その瞬間スパークした。私は友達がいっぱいいるタイプじゃなかったし、マミちゃん(Mamiko)もおんなじような感じだったから、一気に打ち解けたんです。
「とりあえず」の大学受験、"やけくそ"でラップ
仲良くなった2人は、その後も一緒にカラオケや映画へ行くなど、友達として親交を続けていた。
そんな中、Rachelが講談社主催のオーディション「ミスiD 2014」に選ばれる。ミスiDの実行委員長・小林司氏の誘いで、渋谷のパルコで開催された「シブカル祭。2014」への出演も決まった。
Rachel: 楽器できる人は演奏を披露したり、モデルさんはウオーキングしたり、アーティストの方はライブペイントをしたり…。でも私は特に一芸を持ってなかったんで、「どうしよう、何すればいいかな」って悩みました。
Rachel: 小林さんに相談したら「ラップとかしたら?」って言われて、ラップしたことなかったのに「いいっすよ」って答えちゃったんです(笑)。1人だと心細いんで、マミちゃんに「やっほー!ラップしなーい?」ってLINEしました。
その頃、Mamikoは美術大学を目指して受験勉強中だった。赤本を開き、問題を解いている最中にRachel からのLINEが届いた。
Mamiko: 当時、美大に向けて勉強はしてたけど、そんなに熱意はなかったんです。母親とかが「大学にとりあえず行っといてくれ」みたいな感じだったし、私も「そういうもんだろう」って思ってた。
Mamiko: だから、Rachel からLINEが来た時は、やけくそで「思い出作りにやってもいいかもなー」と思って、「OK」って返事したんです。
Rachel: うん、その日1回だけだからっていう軽い感じでね。
Mamiko: 学園祭みたいなノリで出たんですけど、意外と楽しくて。私は今まで部活やったことなかったし、趣味も1人のものだったから、"チーム戦"みたいな楽しさを初めてそこで知って…chelmicoが始まっちゃった(笑)。
Rachel: 扉開いちゃった(笑)。
Rachel: その初パフォーマンスを見てくれたシンガーソングライターの知り合いが「私のイベントにも出てよー」って誘ってくれて。それがどんどん続いていった感じですね。
Mamiko: 次のライブが決まるから、曲を作んなきゃいけなかったんだよね。
「最悪」だった2度目のライブ
初めてラップを披露した「シブカル祭。」では緊張することもなく、とにかく楽しんだ2人。しかし、知らない世界へ足を踏み入れて、うまくいくことばかりではない。
Mamiko: 2回目のライブは最悪でした。
Rachel: 緊張しまくって。初めてリハーサルとかしたんですよ。
Rachel: サウンドチェックで周りのアーティストが「もうちょっと上げてくださーい」とか言ってんのを聞いて、「なんだ…それは…?」みたいな。
Mamiko: ね、よく分かんなかった。とりあえず棒立ちで。
Rachel:リハーサルの15分を「早く終われ!」って思いながら耐え忍ぶっていう。辛かったなー。
分からないことだらけの世界で、RachelとMamikoはめげずに活動を続けた。ネガティブにならずにいられた秘訣は、2人の"素直さ"にある。
Mamiko: 周りにいっぱい良い人がいるおかげだよね。
Rachel: 悪口を言われることもあったけど、好意的な反応の方が圧倒的に多かったし、近くにいる人が直接いい言葉をかけてくれたから。
Mamiko: 褒め言葉を素直に受け止めて、すくすく育ったかな(笑)。
Rachel: 疑うことを知らずにね(笑)。
「アイドルラッパー」と呼ばれ、ムカついていた
初めて制作した楽曲「ラビリンス'97(ナインティセブン)」が早耳なリスナーの間で話題を呼び、結成から2年でアルバム「chelmico」をリリース、同年に初のワンマンライブを開催するなど、スキルを磨き順調にキャリアを積んだ2人。
彼女たちの実力と、積み重ねてきた努力があってこそのことだが、中にはそれを知らずに2人をカテゴライズする人たちもいた。
「アイドル」ラッパー、「フィメール」ラッパー。わざわざ書き加えられた肩書きに、当時は憤りを覚えていた。
Mamiko: 最初はめちゃくちゃムカついてました(笑)。
Rachel: 自分たちでラップ書いてるのに、そうじゃないって思われるのが嫌だったのかも。
Rachel: あと、勝手に"アイドル"という良いものみたいにされるのが怖かったのもあった。私はアイドルが好きだからこそ言うけど、そんなに良いものじゃなかったし、そんな期待されても…みたいな。
Rachel: ふたを開けてみたら、KICK THE CAN CREWとかBUDDHA BRANDとかのカバー曲とかやってるから(笑)。
Mamiko: TERIYAKI BOYZとかね(笑)。
Rachel: アイドルっていう言葉に対して中身が伴ってないから、勝手に勘違いされてるって感覚が強かったですね。
Mamiko: だから、服装とかもあえてめっちゃメンズライクにしたりね。当時は「なんでただのラッパーじゃなく『フィメール』って付けるんだろう」とか思ってた。だんだんそういう思いが無くなっていったのは、自信がついたからだと思います。
Mamiko: 芯がブレなくなったというか。
Rachel: ご自由にどうぞって感じになってきたよね。
Mamiko: そう。「私らラップうまいし、音楽も格好いいからなー」みたいな(笑)。
Mamiko: どうカテゴライズされても気にならなくなった。
Rachel: 今は楽しく受け取ってもらえたら、それでいいよね。
メジャーレーベルにリプライ送るも「ガン無視」
chelmicoが所属している音楽レーベルは、ワーナーミュージック・ジャパン傘下の「unBORDE」。設立時には、2人が憧れるRIP SLYMEも所属していたレーベルだ。
実は、メジャーデビューがしたかったのではなく、unBORDEに入りたかったのだと語るchelmico。詳しく聞いてみると、そこには彼女たちの"成功のカギ"が隠されていた。
Mamiko: unBORDEにはRIP SLYMEさんがいたから入りたかったんだよね。
Rachel:「お近づきになれるかもー!」って(笑)。Twitter公式アカウントに「ねえねえ、入れてー!!!」って3回ぐらいリプライ送って。
Mamiko: シカトされました(笑)。それで「なんでシカトするんだろう?」とか2人で言い合って。
Rachel: ガン無視だったのに「unBORDEの人見てるよね?絶対」とか言ってね(笑)。でも、そりゃシカトするよ。怖いもん(笑)。
Mamiko: 3回もそんなリプライきたら怖いわ(笑)。
Rachel: やばいよね、なのに(unBORDEに)所属できちゃったしね。
実はその頃、unBORDEのスタッフがたまたまCDショップでインディーズ時代のchelmicoのアルバムを購入し、「格好いい」と社内で推していたのだという。
Rachel: だめだよこんなファン2人組入れちゃ。セキュリティーがばがば(笑)。
Mamiko: 危ない危ない(笑)。
Rachel: まあでも、「RIP SLYME好きー!」「unBORDE入れてー!」って言いまくったおかげでチャンスをつかめたっていうのはあるのかも。
Mamiko: ウチらなんでもすぐ言ってたよね。「すぐ言う」ってことをモットーにしてきた。
Rachel: やりたいこととかね。「犬に囲まれたい!」とか。
Mamiko:「タイ行きたい!」とかも全部叶えて。
Rachel: 秘めちゃだめ。言ってくことが大事だよね、周りがつないでくれるから。
「ずっとオンでいなきゃ」デビュー後のプレッシャー
メジャーデビュー後は、「爽健美茶」のブランドアンバサダーに起用され「爽健美茶のラップ」を制作したり、楽曲「Player」がApple WatchのCMに起用されたりと、大型タイアップが増加。
ファン層が広がり、大きな喜びがある反面、プレッシャーも感じていたという。
Mamiko: メジャーデビューが決まってすぐの頃とかは、結構しんどかったっすね。「明るくいなきゃいけない」と思うんだけど、性格的にめちゃくちゃ根が明るいわけじゃないから、その差がね…。
Rachel: 今思えば、別にずっと明るくいなくてもいいんだけど、最初は分かんなかったよね。
Mamiko: うん。ずっとオンでいなきゃいけないと思ってた。「chelmicoって明るいもんね」みたいなイメージを持たれがちだし。
Rachel: "chelmicoちゃんモード"みたいなね。
Mamiko: そうそう。だから最初は疲れちゃうときはありました。あとは、「ちゃんと頑張んなきゃいけないのかもしれない」とは思いましたね。
Mamiko: 始めたての頃は、音楽1本で食べていくって思ってなかったから、仕事が決まっていくにつれて「責任持ってやんないといけないな」っていうのはあったかも。でもまあ、基本はハッピーでした(笑)。
「命2個持ちか~」の言葉で、気が楽になった
そんなchelmicoに、さらなる"ハッピー"な出来事が訪れる。Rachelの結婚と出産だ。とはいえ、妊娠が分かってすぐは戸惑いもあったと、彼女は明かす。
Rachel:「どうしようどうしよう」って気持ちと、「イエーイやったー!」みたいな気持ちが、すごい早さで切り替わるみたいな感覚でした。
Rachel: でも、マミちゃんが一番間近で見てくれてて、ずっとブレないで励ましてくれた。それが結構救いだったかな。今思い返すと、そのことが一番に浮かんできます。
Rachelから妊娠について聞いたMamikoは「命2個持ちか~」と感慨深げだったという。さっぱりとしたこの態度が、Rachelの不安を和らげた。
Rachel: マミちゃんのカジュアルな態度にすごい助けられた。「今、妊娠中でー」ってちょっとヘビーな感じがするから、「命2個持ちなんで」の方が合ってたというか、気が楽になりました。自分の妊娠に対してポジティブになれたんですよね。
Mamiko: 接し方は妊娠する前とあんま変わんないんですよね。もちろん体調とかで大変だなっていうときはあったけど、「私がサポートしてるよ!」って感じでもなかったというか。
Rachel: それが良かったんですよね。周りの人に無理させちゃってる感じが出ると、こっちは申し訳なさが増すし。カラッとしてくれてたのがありがたかった。
Mamiko: 段差とかは気をつけてたけど、基本的にそんなに気にせず楽しく過ごしてたかも。大事にしすぎちゃうとさ、すごい気負わない?
Rachel: 気負うー!「周りの人みんなに迷惑かけて…本当すみません」って。
Mamiko: 私が妊娠してる立場だったらそうなるなって思ったからこそ、できるだけカジュアルでいたかったかな。
Rachel: いいヤツ。ありがてえ(笑)。
「頑張ってる方が売れる」風潮、真逆のスタンス
人生の節目といえる大きな出来事の前でも、明るく楽しく過ごしてきたchelmico。そこには、2人が憧れるRIP SLYMEからの影響があるという。
RIP SLYMEの魅力を尋ねると、2人は満面の笑みを浮かべ、口をそろえた。
Rachel & Mamiko: 楽しそう!
Rachel: 音楽番組とか見てて、他の人はみんな真面目に演奏して歌って、あいさつするんだけど、RIPはメンバーに指ツンツンしたり、おどけたりしてて。
Mamiko:「大人ってこんな楽しそうでOKなんだ!」って衝撃だったんだよね。ふざけて良いんだ…みたいな。
Rachel: だから、chelmicoとしても「なんか楽しそう」っていうスタンスでいたいですね。ヘラヘラしてる大人の一員になりたい。
Mamiko: 最初は「RIP SLYMEになりたい」って始めたからね。今はRIPだけを目指してるわけじゃないけど、スタンスはブレてないかも。PUFFYさんとかも近いよね、なんか楽しそう。
Rachel:「楽しそうで、やってることは格好いい」みたいな存在でありたい。もちろん、私たちもリハーサルしたりとか曲作ったりとかで大変なこともあるけど、大変なところをあんまり見せたくなくて。
Mamiko: うん。
Rachel:「『適当にやりました』みたいな感じが一番格好いいじゃん?」って思ってたんですよ。でも、今の風潮を考えると逆風かもしれないっていうのは最近考えてて。
Rachel: ここ数年、「頑張ってる方が売れる」「頑張ってるものを見たい」っていう時代が続いてるんですよね。
Mamiko: そうなんだ。
Rachel: うん。「頑張ってる=コストがかかってる」っていう印象なんです。例えば3000円でCDが買えるとして、頑張ったっていうコストが見えるほど3000円がお得に感じるっていう。
Rachel: たぶん、「裏で実は頑張ってます」って風につらく見せた方がいいんだけど、それでも私たちはつらいところは見せない。
Mamiko: そんなの、頑張ってるかどうかで言えば、みんな頑張ってるんだもんね。
Rachel: そうそう。だから今、それをくみ取ってくれる人だけがchelmicoのファンなんだよ。
Mamiko: いいことじゃん。
Rachel: 最高なんですよ、今。
Staff Credit
Text: 奥村小雪(LINE)
Photo: 大橋祐希
Movie: 二宮ユーキ
Edit: 前田将博(LINE)
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