10年後に映画化。今こそ『輪るピングドラム』を観るべき理由

11年の時を経て”呪いのセリフ”は視聴者にどう響く?

今なによりも“リアル”な作品。

今回紹介する劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM』を観た多くの人が、きっとそんな感想を抱くのではないでしょうか?

そもそも本作は、2011年に放映されたTVアニメ『輪るピングドラム』の10周年を記念し、その全24話を前後編の2部構成で再編集&新作シーンを追加した劇場作品。

劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM [前編]君の列車は生存戦略』キービジュアル

©2021 イクニチャウダー/ピングローブユニオン

オリジナルから10年以上の時を経て映画化されるというのもかなり異例なことですが、それでも個人的に驚きはありませんでした。むしろ納得する気持ちの方が強くありましたし、同じように感じた作品ファンも少なくないでしょう。

なぜか? それは10年以上経っても消化できない何かを、視聴者に強く残した作品だったからです。

そして、『輪るピングドラム』という作品の重要性は、劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM』が例え存在しなかったとしても、2022年の今こそピークに達しているように思えます。

本作は、双子の男子高校生・高倉冠葉と晶馬が、不治の病で余命わずかと宣告された妹の陽毬の命を救うため、謎の”ペンギン帽子”から受けた「ピングドラムを探せ」という命令に従い、ほん走する物語。冠葉と晶馬を導く謎のペンギンや、それぞれの運命と大切な人のために“ピングドラム”を追う個性的なキャラクターたちが登場し、「ピングドラム」を中心とする謎が謎を呼ぶ展開が、放送当時大きな話題を集めました。

この記事では極力ネタバレを避けながら、主にオリジナル『輪るピングドラム』も劇場版のどちらも観たことがない人へ向け、その魅力を伝えられればと思います。

ポップカルチャーの宿命。現実とリンクするストーリー

単刀直入に言いましょう。

2010年代を通し、重要作品として評価を高めてきた本作が、この2022年にかつてない切迫度や重要度を持っているように感じられる理由。それは、2022年に起こったテロ事件などを​連想せずにはいられないストーリーや設定にあります。

©2021 イクニチャウダー/ピングローブユニオン

ネタバレ回避のため詳細は伏せますが、そもそも『輪るピングドラム』は、ほぼ誰の目にも明らかなかたちで90年代に起こったいくつかの重大事件を着想としていた作品でした。

しかし、ポップカルチャーの歴史上、優れた作品が現実を予見していたかのような類似性を見せることは決して珍しいことではありません。同じアニメ作品においては1995年の『新世紀エヴァンゲリオン』や、『輪るピングドラム』と同時期に放映されていた『魔法少女まどか☆マギカ』、2022年の東京五輪関連で話題になった『AKIRA』などが挙げられるでしょう。

社会を揺るがした事件と、その裏側にある構造。それらのサブテキストとして本作が機能するかどうかはあなたの判断次第。けれども、優れた作品が持つ“引き寄せ”のよ​うなものがここにあるのは、間違いありません。

「愛してる」の言葉とともに。“呪い”を解こうとする『劇場版』の試み

ここ日本においては、2007年公開の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』以降、『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション』、『FINAL FANTASY VII REMAKE』など、伝説的な支持や評価を集めるオリジナル作品をリメイク/再編集しながら、そこに現代的な意味や解釈を与える試みがひとつのトレンドとなっています。海外に目を向ければ、2008年の『アイアンマン』から始まり『アべンジャーズ』シリーズで知られるMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)の作品群もそのひとつに数えられるかもしれません。

本作、劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM』は基本的にオリジナルの再編集をベースとしているため、総集編としての意味合いが強い作品です。オリジナルの『輪るピングドラム』を未視聴だとしても、今回の劇場版2作品を観て問題ないように作られています。しかし、オリジナルを観た人ならあっと驚き、深く感動できる作品に仕上げられていることもまた確か。

劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM [後編]僕は君を愛してる』キービジュアル

©2021 イクニチャウダー/ピングローブユニオン

それを象徴するのが「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」というセリフです。2011年の放送当時、『輪るピングドラム』内に出てくるこの言葉は、その鮮烈な響きと残酷な意味を持って深く視聴者の心に残るものとなりました。しかし、それからの11年間で社会はより閉塞感を強め、格差は広がり「きっと何者にもなれない」ことは自明のものとなりつつあります。

そもそも「きっと何者にもなれない」というセリフは、00年代に流行したセカイ系(主人公とパートナーの行動が、世界の存亡などに影響する構成となっている作品)に代表される、行き過ぎた“主人公信仰”への冷や水のようなものだったはず(ちなみに、妹が不治の病に倒れるという展開も00年代の流行へのカウンターであると推測できます)。

しかし、社会の変化とともに解釈は歪んでいき、そのセリフは呪い​のようにさえ受け止められるようになりました。

それは「気持ち悪い」というセリフとともに、観客、作り手、業界全体にトラウマを残した『新世紀エヴァンゲリオン』に近いものがあるかもしれません。2021年公開の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は、そんな傷を新たな物語と愛の言葉で癒そうとする作品でもありました。

それに対し、劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM』は、あくまでオリジナルの総集編として同じ物語をなぞりながらも、その超克を果たそうとする作品に仕上がっています。やはり理想的には『輪るピングドラム』を最初に観ることをお勧めしますが、劇場版『RE:cycle of the PENGUINDRUM』からの視聴でもまったく問題ありません。

「きっと何者にもなれないお前たちに告げる」。この言葉が11年の時を経てどう変わったのか。ぜひ劇場でエンドロールの最後まで見届けてください。


Written by

照沼健太