身内の逮捕を漫画化…嘘みたいなまさかの実話が描かれた『裁判長! ぼくの弟懲役4年でどうすか』

不謹慎ながら、圧倒的に面白い!

想像もできない殺傷事件がおきた。今夏の参議院選挙直前に。

そこからは連日、ニュース番組やワイドショーは犯人の犯行理由や家族をとりまく複雑な環境を連日報道し続けていたが、なぜか僕は、今も生きる犯人の母親や彼の親族の心境、そして今後が気になってしかたなかった。

“実の弟”の逮捕を描いた衝撃の裁判傍聴漫画

『裁判長! ぼくの弟懲役4年でどうすか』(漫画/松橋犬輔、原案/北尾トロ)は、裁判傍聴漫画『裁判長ここは懲役4年でどうすか』の著者である松橋犬輔氏が実際に体験した、“実の弟”の逮捕をベースとした作品である。

『裁判長! ぼくの弟懲役4年でどうすか』表紙 ©️松橋犬輔・北尾トロ/コアミックス

普段、第三者の立場で他人の裁判を面白おかしく描いている著者が、突然、身内が逮捕され自ら裁判を描くことになるとは・・・。こんな嘘みたいなまさかの実話が描かれた衝撃の一冊がこれだ。

実弟の逮捕理由や詳細な経緯については本書に委ねるが、ただでさえ生々しい『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』、このスピンオフ作品という位置付けではすまされない緊張感がヒリヒリ漲っている。

しかし不謹慎ながら、圧倒的に面白い!冒頭の描写からグイグイと引き込んでくる。

喫茶店で連載中の漫画のネームを描いている最中、母親からの電話で事件のことを知った著者。ワイドショーをみるとそこには実の弟の悪行が顔写真と実名入りで報道されている。著者自身の個人情報も流出し、執筆中の仕事場に嫌がらせ電話がかかってくる、そして、身内がこんなワイドショーにも出るような犯罪を犯したことで、そもそも自分の連載はどうなるのか、作品のドラマ化が決定したばかりというのに関係者に何て説明すればよいのか・・・。これ全部、著者の実話です。

『裁判長! ぼくの弟懲役4年でどうすか』より ©️松橋犬輔・北尾トロ/コアミックス

様々な思いが交錯…描かれる家族の葛藤

そして本書は、裁判傍聴漫画であるとともに家族の物語でもある。

普段、法廷の外から犯罪者を描き続けた著者が、今回描くのは実の弟。法廷の中にいる弟を見つめながら思い出すのは、かつて一緒に魚釣りをして遊んだ思い出、小学校の教室にまで忘れ物を届けに来てくれた弟、些細なことで喧嘩した子供の頃。これまで彼が描いてきた裁判傍聴漫画とは、まるで緊張感のレベルが違うのだ。

さらに今回、証言台に立つのは、女手一つで3人の息子を育ててきた実の母親である。母子家庭で育った弟が逮捕された翌日、倒れて入院してしまった母は息子の逮捕を信じられず、病室でも警察からの”逮捕は間違いでした”という一報を待ちながら携帯電話を​握りしめ続ける。そして、裁判官から厳しく尋問され、何も言葉が出なくなる母を法廷の外で見守る著者。

『裁判長! ぼくの弟懲役4年でどうすか』より ©️松橋犬輔・北尾トロ/コアミックス

様々な思いが交錯するなか、最後に、著者の口から出てきたのが「判決が軽くなることを望んでない!!」。この言葉が出てくるまでにどれだけの葛藤があったか。法廷の内と外を行き来する著者の葛藤がこれでもかと伝わってくる。

なぜ作品に? 奇跡の作品を生み出したプロ意識

いやはや、読んでいるこちらが『あんた、マンガ描いてる場合かよ!』とツッコミたくなる勢いだが、そもそも身内が犯罪を犯したからと言ってそれを公表する必要はないはず。知らんぷりしておく選択肢もあっただろう。

しかし、著者である松橋氏は描いた。何故か。

本書中に、著者である松橋犬輔氏と、原案者である北尾トロ氏の対談が掲載されているのだが、著者はこう語っている。

「僕は今までさんざん他人の裁判をおもしろおかしく描いてきた。 身内だからって自分の弟だけ甘くすることはできません」

しかし同時に、こうも語っている。

「面会行ったときとか、今まで想像で描いてたものが本当に体験できたんですよね。『面会中は立会いの人がここにいる』とか『被告との間にあるガラスは3枚重ね』とか(中略)あとはこれまで傍聴する側の話を描いてきたわけだけど、今回は家族として傍聴される側の気持ちがわかる。もう『傍聴』じゃないんです。『傍ら(かたわら)』じゃなくなる。裁判がいきなり近い距離に現れた。描きたくなっちゃいましたね」

『裁判長! ぼくの弟懲役4年でどうすか』より ©️松橋犬輔・北尾トロ/コアミックス

つまり、これまで裁判傍聴漫画でメシを食ってきたプロ意識と、「漫画家にとってこれ以上美味しいネタはない!これを描けるのは俺だけだ!」というスケベ根性。この二つがせめぎ合った結果、この奇跡の作品は生まれた。

当事者でしかわからない感情、当事者しか知り得ない情報、そして裁判傍聴を見続けてきたプロでしかわからないディティールと描写力。それらが奇跡的に見事に重なり合った結果、第一級のエンタテイメントとして仕上がってしまった本作は、これからも後世に残る著者渾身の一作になるだろう。