なぜ青山真治監督の映画『EUREKA ユリイカ』は傑作といわれているのか

217分に及ぶ「映画の旅」が織りなすフィルム体験

今年3月、映画監督の青山真治氏が亡くなった。まだ57歳だった。

その名前を初めて認識したのは、筆者が高校生のときだった。2000年の『EUREKA ユリイカ』がカンヌ国際映画祭で国際批評家連盟賞とエキュメニック賞を受賞したことにより、日本映画の未来を担う若手の気鋭監督としてテレビや新聞に取り上げられていた。

ただ、当時は今も活躍する多くの映画監督が新しい才能として脚光を浴び、国際的に評価された時代でもある。

北野武、橋口亮輔、河瀨直美、阪本順治、岩井俊二、三池崇史、矢口史靖、黒沢清、是枝裕和、塩田明彦といった作家性の強い監督たちの作品が映画ファンを魅了していた。あの頃の日本映画はひとつのムーブメントであり、青山監督だけが突出して高い評価を得ていたわけではなかった。

しかし、それでも「青山真治」は特別な存在だった。少なくとも自分にとってはそうだった。

かつての映画小僧たちの夢を具現化した青山真治監督

1964年に福岡県北九州市で生まれた青山真治氏は、東京の立教大学に入学後、映画評論家の蓮實重彦による映画の授業を受講する。これは周防正行や黒沢清など、数多くの映画人を輩出した伝説的な講義であり、自身も在学中から8ミリで自主映画を制作するようになる。

卒業後は助監督やVシネマの監督を経て、1996年に浅野忠信主演の『Helpless』で劇場映画デビューを果たすと、それから10年ほどで『EUREKA ユリイカ』『月の砂漠』『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』『サッド ヴァケイション』といった作品を監督する。いずれも海外の国際映画祭に出品され、瞬く間に青山監督は日本を代表する映画監督としての地位を確立していった。

青山真治監督 撮影:池田正之

同時に彼は作家・批評家でもあり、『EUREKA ユリイカ』のノベライズ版で三島由紀夫賞を受賞したほか、『われ映画を発見せり』や『青山真治と阿部和重と中原昌也のシネコン!』といった映画批評本も上梓している。作品だけでなく、映画の見方といった面でも影響を及ぼした。

つまり、「青山真治」とは、地方から上京したシネフィルが、カリスマ批評家の影響を受けて大学で自主映画を撮り始め、やがて本当に映画監督になってしまったという人物なのである。単に才能ある監督というだけでなく、1990年代から2000年代にかけてたくさんいた映画小僧たちの夢を実現した存在なのだ。その小僧たちの一人には、大学で映画を勉強していた本稿の筆者も含まれている。

蓮實重彦にかぶれ、ミニシアターやレンタルビデオ店に足繁く通い、同級生とさっき観た作品の感想を語り合う。自分もそうだったし、青山監督もそうだったろう。そういう若者が、そのまま成長して映画を撮り、カンヌで受賞するなんてことを現実に成し遂げた。

筆者にとって青山監督は、「若い頃になりたかった自分」の姿を具現化した人物であり、だからこそ大人になってからも、その動向が気になる映画監督であり続けていたのだ。

映画館で観るべき青山監督の『EUREKA』

2010年代に海外の映画祭で日本映画の存在感が薄れていったとき、青山氏の監督作は10年で3本と大幅にペースダウンした。何も事情を知らないかつての映画小僧は呑気に、「青山真治にもっと映画を撮ってほしいなあ」なんて思っていた。でも、もう新作を見ることは叶わない。

幸いにも、監督作のほとんどは配信やDVDなどで観ることができる。ならば、これから何度でも、「青山真治の映画を観よう」と言い続けるべきだろう。テレビやパソコンのモニターでも十分に面白いから、というわけではない。「こういう映画を映画館で観たい」という人を増やすために、である。

青山監督のフィルモグラフィの中でも、特に『EUREKA ユリイカ』は映画館で観るべき映画だ。モノクロで撮影されたフィルムをクロマティックB&Wという特殊な手法でカラー現像することにより生まれた独特のセピア色の画面に、217分という長尺の上映時間は、青山監督が同作を観客がストーリーを追うものではなく、体験するものとして演出したことを示しているだろう。

217分のシンプルな物語の作品が傑作と言われる訳

ある九州の田舎町でバスジャックが発生する。乗客のほとんどが殺害される凄惨な事件に遭遇した運転手の沢井(役所広司)と、中学生の直樹(宮崎将)・小学生の梢(宮崎あおい)の兄妹は生き残ったものの、心に深い傷を負ってしまう。兄妹は人目を避けるように暮らし、沢井は家庭を捨てて町を出る。

それから2年後、町に戻ってきた沢井は行き場をなくし、家庭が崩壊して2人きりで生活していた兄妹と一緒に暮らし始める。そこに兄妹の様子を見に来た従兄の秋彦(斉藤陽一郎)も加わり、4人の奇妙な共同生活が始まる。しかし、彼らの町で連続殺人事件が起こると、沢井に疑いの目が向けられ……。

「癒しと再生の一大叙事詩」というキャッチフレーズで公開されたように、バスジャック事件の被害者たちの“その後”を中心にした作品であり、周囲から理解されることのない彼らの苦悩と再出発を描いている。

©️ J WORKS FILM INITIATIVE (電通+IMAGICA+WOWOW+東京テアトル)

上映時間の長さのわりに、ストーリー自体は単純だ。事件のトラウマを抱えた人々が一緒に暮らす設定に目新しさはなく、沢井が町に戻ってきてから起こる連続殺人事件の犯人も、あっさりと予想できてしまう。高い前評判のわりには、淡々とした地味な作品に感じるかもしれない。

では、なぜ『EUREKA ユリイカ』は傑作と言われているのか。その理由は、役所広司や宮崎あおいをはじめとする俳優陣の演技もさることながら、シネマスコープの広い画角を活かした映像の素晴らしさにある。

映像の隅々から感じられる緻密な計算と意志

それは「美しい田園風景が捉えられている」といったことではない。むしろ、ロケーション自体はありふれた田舎町であり、人によっては自分の地元と似た景色を見つけることもできるだろう。

青山監督の師である蓮實重彦は著書『見るレッスン 映画史特別講義』の中で、映画の本質とはストーリー展開でも、俳優の演技力でも、ましてや作品に込められたメッセージでもないと述べている。では、どういうものが映画なのか。彼は「息を飲むような『ショット』の連なりのある作品だけが、観るべき映画である」と断言する。

©️ J WORKS FILM INITIATIVE (電通+IMAGICA+WOWOW+東京テアトル)

その言葉にならうと、『EUREKA ユリイカ』のショットは単に「美しい」のではなく、どれも緻密な計算と、驚くべき厳格さに満ちている。

例えば、沢井が警察の取調室で尋問されるシーンがある。カメラは刑事が沢井を問い詰める様子をワンショットで捉えている。沢井は窓を背にしているため、顔は影に沈んでおり、表情が読み取れない。壁に鏡がかかっているが、それも沢井の顔が見えない位置にあり、やはり、「何を考えているかわからない」ことを強調しているように見える。

刑事の背後にある机には、さりげなく水のペットボトルが置かれている。緊張のせいか、体調が悪いのか、たびたび咳き込む沢井。刑事も沢井も、ペットボトルには何も言及しない。しかし、尋問が進んでいくと、観客は無性にペットボトルの存在が気になってくる。まるで「水を飲みたい」「白状するまで飲ませない」という刑事と容疑者の緊張関係を象徴しているように見えてくる。

これは映画全体の中で、それほど重要な場面ではない。しかし、こういった背景を想像させるほど、映像の隅々まで、「こう撮らなければならない」という意志に満ちているのが、『EUREKA ユリイカ』という作品なのだ。

「フィルム体験」を突き詰めた作品

そういう映画は観客の画面を見る眼を鍛えてくれる。監督やカメラマンは何となく映像を撮っているわけではない。優れた映画であるほど、そこには意図がある。

単にセリフを喋っている人物を映したり、アクションを追ったりするだけの映画なら、スマホの鑑賞でも十分だろう。しかし、『EUREKA ユリイカ』は違う。セピア色の画面、サイズ、画角、アングル、そして小道具にも意味がある。情報量が豊かなので、淡々とした展開でも飽きさせず、観客を画面に惹きつける。むしろ、これで物語が複雑だったら情報過多になってしまい、観客は疲れ切ってしまうはずだ。そこにも計算がある。

©️ J WORKS FILM INITIATIVE (電通+IMAGICA+WOWOW+東京テアトル)

この作品は217分に及ぶ映画の旅なのだと思う。私たちはトラウマを抱えた登場人物たちの旅に同行し、彼らが見るものを共有する。監督は目が離せない映像を作り上げ、その解釈は観客のそれぞれに委ねている。そんな作品は滅多にない。だから傑作といわれる。

立教大学で行われていた蓮實重彦の授業のシラバスには、「国籍や製作年度、ジャンル等にとらわれずあらゆる種類の映画を現在の体験としてとらえながら、『フィルム体験』とは何かを考える」(1982年度の一般教育課程履修要項より)と講義内容が説明されていた。

その教えに忠実な青山監督は、まさに『EUREKA ユリイカ』で稀有な「フィルム体験」を作り出した。体験はパソコンやテレビのモニターでは難しい。これからも『EUREKA ユリイカ』を映画館で観るために、私たちは配信やDVDでもっと青山真治を観ようと言わなければならない。「この名作を一度は映画館で観たい」という人たちを絶やさないようにするために。


Written by

小山田裕哉