ビヨンセ、ハリー・スタイルズ、BEP… 不況の時代にこそ輝くアメリカン・ポップナンバー

2022年の人気MVにみる「現実逃避」と「上昇志向」

アメリカのポップカルチャーは、時事問題を映しだす。リリースが多い音楽領域の場合、とりわけスピードが速いと言えるだろう。今夏には、ラッパーのラトーが人工妊娠中絶の権利を認めるロー対ウェイド判決の転覆について扱った『PXSSY』ミュージックビデオ(以下、「MV」)を公開している。

しかしながら、2022年の人気MVの傾向を探るとしたら、社会問題から距離をおいた「現実逃避」かもしれない。その背後にせまっているのは景気後退、つまり不況の予感だ。

アメリカのリスナーたちが求める歓びに満ちた「現実逃避ダンス」

ポップミュージック最大の魅力とされるものは、アメリカでも世界でも変わらないかもしれない。ずばり、つらい現実を忘れさせて楽しませてくれる「現実逃避(escapism)」の夢世界だ。

その需要は、新型コロナ危機以降、より強まったようだ。BillboardやThe Currentによると、暗くスロウなラップ人気のひと段落もあり、2020年ごろよりハッピーでファストなポップヒットが増えていったという。

行動規制が緩和されていってからは、多くのスターが「停滞からの復活、前進」を祝うアップビートを出している。今年最大級ヒットのハリー・スタイルズ『As It Was』からして「前とは違う」と連呼しながら新たな門出に誘うシンセポップだ。

2022年は、対面コンサート、そしてダンスフロアが大々的に復活した年でもある。ゆえに、リスナーが求めるのは、歓びに満ちた「現実逃避ダンス」だった。

その雰囲気をわかりやすく象徴するヒットこそ、アメリカが誇るボディポジティブ・アイコン、リゾによる『About Damn Time』。MVでは、自助グループから抜け出したリゾが「プレッシャーに苛まれてきたけど、もうあの頃の自分じゃない」と宣言し、スウェットから輝くダンススーツに変身し踊っていく。

「いい予感がする、きっともう大丈夫」……ファンキーに楽観主義を掲げつつ「物事を気にしすぎるたちだから、強めの酒が必要」と挟むあたり、リスナーに「現実逃避」をもたらすことに明示的なディスコポップになっている。

女王・ビヨンセが謡いあげた大退職時代のヒットナンバー

フェミニズムや人種問題など、政治的メッセージが強い作品で評価を受けてきた音楽界の女王、ビヨンセすら「完璧主義からときはなたれた」と謳うダンスアルバム『RENAISSANCE』をリリースしたのだから「現実逃避ダンス」の勢いは相当なものだ。

ビヨンセの最新アルバム『RENAISSANCE(ルネッサンス)』

ビヨンセの場合、「逃避」に振り切っても米社会の労働市場動向に結びつけられて語られる点も興味深い。ナンバーワンヒットとなった楽曲『BREAK MY SOUL』が「大退職時代(Great Resignation)」のアンセムとしても受容されたのだ。

怒りやストレスからの解放を命じる内容だが、とりわけ触れられるのは仕事について。最初のヴァースから「恋に落ちたから仕事をやめた」と明かし「さんざん働かされてきた」と燃え尽き症候群のように愚痴りはじめる。

しかし、忘れてはならないのは、ビヨンセが業界きっての働き者であることだ。この後、パワフルに歌われるのは、モチベーションの模索、そして、心境を新たに己の基盤を築こうとする意志なのだ。

つまり、この曲は、アンチ労働というわけでもない。ビジネス視点で捉えるなら、退職後、より良き環境を追求しているため、能動的な独立、または転職志向の歌といえる。

2022年の米国は、まさにこのような「大退職時代」を迎えていた。コロナ禍が本格化した2020年には記録的失業率を記録していたが、そこから一転して、2022年2月には9ヶ月連続で退職者が400万人に達する状況に到達。あらたな仕事に就いた労働者の数はそれ以上であるため、企業が賃上げ傾向にあるなか、より良い報酬、仕事環境を求める転職者が増加したと考えられる。

こうしたアメリカのエネルギッシュな上昇志向を象徴するスーパースターこそビヨンセと言えるだろう。

不況の時にこそ光輝くアメリカン・ポップミュージック

一見華やかな「大退職時代」、ひいては賃金上昇が、歴史的インフレーションの一因になっている説も見逃してはいけない。

ロシアのウクライナ侵攻の影響もあり、2022年6月には、米国の消費者物価指数の上昇率は40年ぶりとなる前月比9.1%もの上昇を記録している。当然、物価高は庶民の生活を圧迫していった。同月ギャラップ調査における経済信頼指数は、世界金融危機後の2009年以来の最低値となっている。諸説あるものの、景気後退(リセッション)に入る予想も飛び交う状況だ。

「現実逃避のダンス」ブームにしても、おそろしき不況の予感と結びつけて語られている。

元々、アメリカのエンターテイメント業界には、景気が悪化した時にダンスミュージックやアップテンポで楽観的な曲が流行るという通説がある。

たとえば、世界恐慌が起こった1930年代にはスウィング・ジャズが大流行。「人生は楽しいもの、深刻にならないで」と説くルディ・ヴァリー『Life Is Just A Bowl Of Cherries』もヒットした。

それ以来最悪の経済不況といわれた世界金融危機、通称リーマンショック最中の2009年には、ダンスポップがチャートの覇権を握った。「今夜は最高になる予感」とわきたつブラック・アイド・ピーズ(以下「BEP)の『I Gotta Feeling』、「ただ踊って、どうにかなる」と歌うレディー・ガガ『Just Dance』など、まさに「現実逃避のダンス」に人々は熱狂していたわけである。

そして、歴史的インフレを記録した2022年現在「現実逃避のダンス」ブームが再来している。金融危機時代の王者であったBEPも、その波に乗ろうとしているようだ。2009年作『I Gotta Feeling』と同じデヴィット・ゲッタを迎えた新曲『DON'T YOU WORRY』は、直球の「現実逃避」になっている。

「心配しないで 全部よくなるよ」……そう諭しつつ、MVの最後にはUFOで宇宙に飛び立ってしまうあたり、現実での八方塞がりも感じさせる。しかし、だからこそ、ポップミュージックの夢世界が輝くのだろう。


Written by

辰巳JUNK