人と関わることで人生は進む パリを舞台にしたシェフの成長譚『Artiste』

個性豊かな厨房の仲間たちと、内気な主人公のやりとりに注目したい作品です。

「好きな漫画は?」と聞かれると、考え込んでしまい、パッと作品名が出てこないことがあります。オールタイムベストなのか、今連載中の面白い作品なのか。コミュニケーションの一環として、今目の前でその質問を投げかけてくれた人にもおすすめできるような作品をあげた方がいいのか、考えることが多すぎるからです。

そんな私が「人生のこのタイミングで出会えてよかったし、みんな読んで!」と堂々と推せる作品が、さもえど太郎先生の商業デビュー作『Artiste(アルティスト)』です。

『Artiste(アルティスト)』第1巻 ©さもえど太郎/新潮社

主人公はパリのレストランで働く、気弱で自尊心が低い青年・ジルベール。料理の才能と技術があるにもかかわらず、厨房では雑用ばかりさせられていました。

そんな「僕なんて」モードだったジルベールが、周囲の人との関わり合いによって成長し、料理人としてのキャリアも切り開いていく。そんな物語です。

特別な能力を持つ料理人が、「おせっかい」で有名シェフの新店に抜擢

もともと、パリの有名ホテルのメインレストランで働いていたジルベール。圧倒的な嗅覚と味覚を持ち、もちろんフランス料理も作れる。ただ、ある出来事をきっかけに皿洗いに降格させられてしまいます。

とある事情により皿洗いに降格させられた主人公のジルベール ©さもえど太郎/新潮社

調理に関わることがなくなり、料理への自信もどんどん失ってしまう。作業レベルの雑用をしているうちに、料理人としての輝きも消えていくーーそんな彼でしたが、新入り皿洗い・マルコからの素材や料理の質問に、なんでも丁寧に答えます。

「ほんとは料理できるんでしょ」マルコはジルベールの能力にすぐ気がつき、なぜ包丁さえ持たせてもらえないような職場を辞めないのか、疑問を投げかけます。限界労働をしていると陥りがちですが「自分が辞めたら迷惑がかかる」と、一歩踏み出せない人がいる。ジルベールもきっと同じだったのでしょう。そんな彼にマルコは「制服だけ返せば文句言われないって」と背中を押すのです。

店を辞める決断ができないジルベールの背中を押すマルコ ©さもえど太郎/新潮社

自尊心が低く、自分は厄介者だと思い込んでいたジルベールですが、働いていた厨房には、彼の性格や強みを理解してくれる人たちもいました。ほかの皿洗い仲間が「有名シェフ・メグレーが新しい店のスタッフを探している」という情報を嗅ぎつけ、メグレーとジルベールを引き合わせます。

その後、ジルベールは円満退職し、メグレーの新店でスーシェフ(副料理長)兼ソーシエ(ソースの部門シェフ)として働くことになります。店の顔であるシェフの次、つまりNo.2で、厨房の監督者。ソーシエは、料理の要となるソースの責任者であり、厨房で一番の花形です。責任あるポジションを任命されたのでした。

自分の殻をやぶってくれるのは、実は他人のおせっかい。これ、私も身に覚えがあるんです。今、私が編集者として会社を経営し、こうやってコラムを書かせてもらっているのも、「あやちゃん文章面白いからブログやりなよ!」と言ってくれた人や、「商業原稿も書いてみたら?紹介するよ!」と某出版社に連れて行ってくれた人がいたから。

周囲の後押しにより、ジルベールは有名シェフの新店で副料理長に抜擢されるが…… ©さもえど太郎/新潮社

「え〜!そんなそんな〜!」なんて謙遜モードになってしまったり、分不相応なんじゃないか……と尻込みしてしまうこともありますが、流れに乗ってみることで、一気に道が開けることもあるのです。だって、第三者からの「アンタ、いける!」ってお墨付きなんだから。おせっかい、乗っかってみるもんです。

主人公に示唆を与える、アパルトマンに住む芸術家たちとの交流

さてさて。穏やかですが、人といると疲れてしまうジルベール。職場でも裏口でひとりランチ、休日はとくに出かけず家で過ごすタイプでした。そんな彼ですが、同じアパルトマンに住む芸術家たちや、厨房の仲間たちと関わるようになったことで、言動がどんどん変化していきます。

素晴らしい料理の腕を持つジルベールですが、盛り付けが雑で、深みがないことをシェフから指摘されてしまいます。それもそのはず、ずっと厨房で調理をしていて、外の世界と触れてこなかったから、蓄積がないのです。

内気な彼ですが、同じアパルトマンに住む売れない画家・ジャンに素直に配色や配置のコツを聞きます。そしてジャンに連れられてルーブル美術館へ。そこでたくさんのインスピレーションをもらい、皿をキャンバスだと捉え、自身の料理に活かしていきます。

同じアパルトマンに住む画家のジャンは、ジルベールに盛り付けのヒントを与える ©さもえど太郎/新潮社

自分と違う感性や技術、思考を持つ人を尊敬し、素直に聞いてみること。そして、自分の仕事に枠を作らず、一見無関係だと思ってしまうようなことにもどんどん触れてみることで、己の能力が一気に開花する。そんな学びがあるエピソードです。

専門領域があるからこそ、 相手の個性を理解することが大切な厨房の仕事

社会人としても『Artiste(アルティスト)』からの気づきは多いです。前提として、厨房は部門・分業制。各料理人はそれぞれの専門領域を極めています。シェフが求める味を再現するため、食材の仕入れ担当、魚担当、パティシエなど、それぞれの責任者がその領域をリードします。

どのキャラクターも魅力的で全員に触れたいところですが、ここでは魚担当のリュカのエピソードを紹介します。指示されたことは正確にするけれど、他人の言葉をよくも悪くもそのまま受け取り、融通がきかない。気持ちや背景を想像することが苦手なリュカとのコミュニケーションに、厨房スタッフは大混乱……。

他人とのコミュニケーションが苦手なリュカは、厨房の同僚と摩擦を起こしてしまう ©さもえど太郎/新潮社

ただ、彼の個性を理解しようと、周囲も努力します。結果として、みんなは「曖昧な指示をしない」「彼に急な予定変更や調整を依頼するときは、理由もセットで説明する」など、接し方を変えることに。おかげで、リュカも自分の強みを活かし、1人で大量の魚料理を担当し、厨房に欠かせない存在になりました。

誰も悪いわけではない。同じチームで働く人との関わり合いは「噛み合わないな」と思っても、歩み寄りが必要。そのためには、まず相手に敬意を持って接すること。そして、ジルベールのような監督者は、どうしたら相手の能力を活かせる環境が作れるか? を考えることが大事。と、小さな会社を作ったばかりの自分のバイブルになった作品『Artiste(アルティスト)』、ぜひ読んで欲しいです。


Written by

小沢あや