「自分らしさ」の正体を知る漫画『着たい服がある』

着たい服、着れていますか?

幼いころは、大人になればおのずと、揺るぎない「自分らしさ」を持つことができると思っていた気がする。たくさんの人に出会い、好きなものを見つけ、経験を積み、「自分らしさ」は自然と確固たるものになると思っていた。

ところが、社会に出れば自分のあらゆる面が社会の目に晒され、「自分らしさ」は揺るがないどころか、どんどん曖昧になる。自信がなくなり、見失っていく。そもそも「自分らしさ」とはなんなのか? 誰もが持っていなくちゃならないものなのか? そんな不安に優しく手を差し伸べてくれるのが、漫画『着たい服がある』だ。

『着たい服がある』1巻表紙 ©︎常喜寝太郎/講談社

「自分らしさ」は誰かのためにあるわけじゃない

タイトルと表紙だけ見ると「ファッション系の漫画かな?」と思うかもしれないが、ファッションはこの漫画のあくまで一要素でしかない。将来に不安を抱える大学生が「自分らしさ」の正体を自分なりに見つけ、社会に出ていくまでの物語を描いた漫画だ。

主人公・マミは、ロリータ服で身を包みたい。しかし身長は172cmと高く、顔立ちはクールな印象。マミの本心を知らない家族や友人からは、スタイルの良さを活かしたパンツスタイルやクールな振る舞いを求められ、「らしさ」を押しつけられる息苦しい日々を送っている。「自分らしさ」は誰かのためにあるわけじゃないのに。

広告には「なりたい自分になれ」とのメッセージ…『着たい服がある』1巻より ©︎常喜寝太郎/講談社

バイト仲間で奇抜な服を自由に着こなす小澤、マミにロリータとしての素質を見出すファッション誌編集長、ロリータ服を愛するカヤなど、マミは「自分らしさ」のヒントを与えてくれる人々に出会い、葛藤し、成長していく。しかしそんな存在はほんの一部。全話を通じて、多くの人間から心ない言葉を投げかけられ、傷つき、もがいている。

人からマイナスな評価を受けるのは怖い。自分の本心なんてある程度隠していたほうが、人から不必要に傷つけられることもなく、平和に暮らしていける。でも、一度きりの人生がそれでいいのだろうか。何も知らない他者の不躾な意見や評価に対して自分を押し殺したままで、心から幸せだと言えるのだろうか。

その正論は本当に必要なのか

ここ数年、「ありのままの自分」といった言葉がもてはやされる風潮がある。それを煩わしく思う人も少なくないだろう。そんなものを突き詰めないほうが、心穏やかに暮らしていけることもわかる。

自分と向き合い続けるのは、恐ろしく体力が要る。つらく苦しい思いをしてまで「自分らしさ」を手に入れなくても、人はある程度幸せに生きていける。

しかし、どうしても突き詰めなければ苦しくて生きていけない人もいる。そういう人たちの気持ちや意志が自分の価値観では受け入れられないとしても、尊重し、共存していくことが大事なのではないだろうか。

バイト先の客も勝手にマミの印象を語る『着たい服がある』1巻より ©︎常喜寝太郎/講談社

SNSを眺めていると、他者に勝手に期待して、勝手に失望する人があまりにも多い。

聞きかじっただけのそれっぽい言葉を並べて批判し、さも「自分は物事の本質を見極められています」とでも言いたげな意見を自信たっぷりにひけらかし、自分が安心したいがために人を傷つける。

仮にそれが正論だとして、ただ正論を振りかざすこと自体になんの意味があるというのか。マミは、ロリータ服を「自分らしさ」そのものだと捉える場面がある。しかし正論も、服も、それはあくまで自己形成の手段でしかない。問題は自分がどう考え、どうありたいかだ。

ロリータ服を愛するカヤとの出会いのシーン『着たい服がある』2巻より ©︎常喜寝太郎/講談社

確かに自己は、他者と関わり合う中で形成されていくかもしれない。しかし、他者に対して身勝手な正義を振りかざして、正しさばかりを追い求めて、豊かな自己が形成されていくだろうか。自分の不安を取り除いてくれるのだろうか。よりよい自分のあり方を見つける手段になるだろうか。

むしろ、正論を振りかざせば振りかざすほど、「自分らしさ」の輪郭はぼんやりとし、不安は募る。誰かを不必要に傷つけておきながら、自分が一番傷ついたような顔をしていないだろうか。

「自分らしさ」は、他者や社会と戦うためにあるのではない。誰かからの評価のためにあるものでもない。自らを慈しみ、心から納得して生きていくために、あくまで自分のために守り切るべきものだ。マミはたくさんの人から日常的に傷つけられ、そのたびに葛藤し、立ち上がり、「自分らしさ」の正体を知ることになる。

自分の力で不安から抜け出すために

大学を卒業したマミは小学校の先生に『着たい服がある』5巻より ©︎常喜寝太郎/講談社

自分の行動や発言を、不安に思うときがある。それは、どこかから借りていた価値観が軸になっているからかもしれない。もちろん、誰かの知恵や経験は、大いに役に立つ。しかしそれらはあくまで手助けしてくれるものであり、自分の価値観そのものではない。

誰かの意見や価値観に便乗して安心していないだろうか。自分と向き合うことを避けながら、不安な日々を送ってはいないだろうか。そうしているうちに、自分自身を見失ってはいないだろうか。

もちろん急に「自分と向き合え」なんて言われても、誰だって難しい。煩わしい。でも、そんなときに『着たい服がある』が、より良い気持ちで生きていくためのヒントを与えてくれる。将来のこと、日々の生活、自分のあり方――少しでも、自らの力で不安から抜け出したいと思うのであれば、ぜひこの作品を読んでもらいたい。


Written by

鈴木梢