80年経っても人間は変わらない。映画『オズの魔法使』。

大事なメッセージを伝えてくれる、不朽の名作。

映画『オズの魔法使』って、観たことありますか?「有名すぎる劇中歌『虹の彼方に』は聴いたことがあるし、タイトル自体はもちろん知っているけど、そういえば映画は観たことないし童話もちゃんと読んだことないや……」なんて方が多いのでは?

実際に、夫に「『オズの魔法使』ってどんな話だと思う?」と聞いてみると、「なんかあれでしょ。仲間が次々増える話。桃太郎みたいな感じ」と答えがあった。まあたしかに仲間は増えるんだけども……、切ないぜ……。

『オズの魔法使』

ブルーレイ 2,619円(税込)/DVD 1,572円(税込)

発売元:ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント

販売元:NBC ユニバーサル・エンターテイメント

© 1939 Turner Entertainment Co. All rights reserved.

でも、知らない人が多くても仕方がない。

だってこの映画、80年以上前の作品だもの(驚愕)。さらに原作の童話小説は1世紀以上前の、1900年に出版されている! 「有名なのはわかってるけど、改めて見るにはあまりにも古いし、なかなか機会もないし……」という気持ちにも頷ける。うん。

でもね、でもね、でもね!

『オズの魔法使』は1世紀以上経っても私たちに超大事なメッセージを伝え続けてくれる、ものすんごい物語なのです。

本来であれば童話を読んでほしいのですが(江國香織さんの訳で出版されたものが美しくて読みやすいです)、今回は映画版『オズの魔法使』について、ちょっと語らせてください。

主人公・ドロシーがオズを探す旅に出る物語

主人公の女の子の名前は、ドロシー(主人公はオズじゃないよ!)。

ドロシーは、アメリカのカンザスにある農場で叔父と叔母と暮らしていて、そこでトトという犬にまつわるトラブルを抱えている。そこで叔母に言われるんです。

「くだらないことで悩むのはおやめ。心配しなくていい場所に行くんだね」

ドロシーは考えます。

そんな場所があったらいいな……。行きたいな……。

「船や汽車ではたどり着けない場所。ずっとずっと遠く。お月様の向こう。雨の向こう……」

そして始まるあの歌!『虹の彼方に』です!(めちゃくちゃ冒頭で歌うんですよあれ)

主演のジュディ・ガーランドの歌声が素晴らしいの……。歌詞もとても詩的。© 1939 Turner Entertainment Co. All rights reserved.

その後、竜巻に巻き込まれて、家ごと吹き飛ばされてしまったドロシー(!)。

目が覚めると、そこはカラフルなオズの国でした。

当時の最新映像技術を駆使した、斬新な演出だったそう。© 1939 Turner Entertainment Co. All rights reserved.

ドロシーは北の善い魔女グリンダに助言をもらい、カンザスに帰る方法を教えてもらうために、偉大な“オズの魔法使”がいるエメラルドの都まで旅をすることに。

そこで出会うのが、脳みそがほしいカカシ。

カカシは、脳みそが無いと嘆いていますが、「でも話ができるじゃない」とドロシーが問うと、「能無しほどおしゃべりだろう?」と返答があります(ブラックジョークだ!)。

カカシは、もしも「脳みそ」があれば、いろんな人の相談に乗りたい。脳みそさえあれば、人生はバラ色なのに! と歌います。

きっと“偉大なオズの魔法使”にお願いすれば、脳みそをもらえるはず!と期待して、二人は一緒に旅をすることに決めるのでした。

その次に出会うのが、「心が欲しいブリキ男」。

© 1939 Turner Entertainment Co. All rights reserved.

ブリキ職人が「心」を入れ忘れたと言うブリキ男は、心さえあれば、愛を知ることもできるし、スズメとも友達になれる、芸術に心を震わせることもできる、ああ心さえあれば……と歌うわけです。

“偉大なオズの魔法使”に心をもらえるように頼もう!と話し、3人は一緒に旅立ちます。

その後、出会うのが「勇気が欲しいライオン」です。

意気地なしに生まれたせいで、自分の姿が怖くて眠れず、眠るために羊をかぞえようとするが羊が怖くて眠れない……。よし、オズに「勇気」をもらおう!ということで、4人は別々な目的を持ちながらも一緒に魔法使いの元まで旅をします。

が、そこには色々な困難が待ち受けていて……?というお話!

ミュージカル映画なので途中で歌われる歌も素晴らしいですし、みんなでオズの国に向かう時に口ずさむ歌もキュート。悪い魔女との戦いもあり、物語は飽きずに展開されていきます。本編は、この機会に、ぜひ!ご自分の目で観ていただきたい!!おねがい!

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偉大な「魔法使い」の正体と、仲間たちへのプレゼント

さて、カンザスに帰りたいドロシーと頭脳が欲しいカカシ、心が欲しいブリキ男、勇気が欲しいライオンの4人組がやっと“偉大なオズの魔法使”の元にたどり着くものの……、このオズ、じつは魔法使いでもなんでもない、ただの人間!

しかも、みんなを騙していることに気づかれたくないがゆえに、外にも出られない生活を送っている不幸な人物……。そう、彼もまた、自分に無いものを隠して暮らしているような、自信のない人物だったのです(なんてこった)。

では、ドロシー、カカシ、ブリキ男、ライオンが欲しかったものはどうなるの!?というと。

まずはカカシを前に、オズは言います。

「脳みそなんて、だれにでもあるさ。どんなちっぽけな生物にも脳みそはあるのさ。私の故郷には大学があり、大勢の若者がそこで学ぶ。卒業しても脳みそは、君と変わらんぞ。君に欠けてるのは免状だけじゃよ。そこでこの卒業証書を君にあげよう

そうして卒業証書を手渡し、カカシは大喜び!(え〜〜!?)

次にライオンを前に、オズは言うのです。

「危険から逃げ出すことが意気地なしとは限らんぞ。勇気と理性を混同しておる。わしの故郷には英雄とよばれる人がいた。毎年タンスから勇気を取り出してパレードするんじゃ。彼らの勇気も君と同じだ。だが君に足りないものがある。それはメダルだ!」

そうしてメダルを手渡し、ライオンはハッピーに!(ええええ〜〜〜〜!?)

最後は、ブリキ男。

「ブリキ男、きみは心が欲しいそうだね。でもない方が幸せなんじゃ。心があればそれだけつらい思いもする。(…中略…) 君には足りないものがある。それは、“感謝のしるし”だ!(と言って与えられるのはハート形のペンダント!)

えっ、えっ、え〜〜〜〜っ!?!?

卒業証書に、メダルに、感謝のしるし!?!?

そ…それでいいの……!? という感じだけど、

はい、それでいいんです!

これは、もちろん皮肉。観客は「そんなモノでいいわけ!?」と拍子抜けしてしまうだろうけど、その気持ちで正解。 本当は、誰かから何かをもらわなくても、あなたはすでに「欲しいもの」を持っているのに、誰かに認めてもらわないとそれを実感できない悲しいサガよ。じゃあ「卒業証書」「メダル」「感謝のしるし」これさえあれば君達はもう大丈夫、そうでしょ? と、皮肉たっぷりに大事な大事なメッセージを伝えるシーンなのです。

いやぁ、それにしても命を危機にまで晒した長旅をした後に「君に無いのは卒業証書じゃよ!」と言われるシーン、何回観てもシュールで笑っちゃって……大好き!

そして、ドロシーが欲しかったものは……

そして最後に残るは、ドロシー。カンザスに帰りたいという願いは、意外なことで解決します。

なんと最初に出会った善い魔女のグリンダがやってきて、こう言うのです。

「あなたは、自分の力でカンザスに帰れる。自分の力で学ぶ必要があったのよ」。

なんと、ドロシーに魔法などは必要なく、(旅の間ずっと履いていたルビーの靴のかかとを3回鳴らすだけで帰れるという)自分の眠れる力に気づく必要があった……、と。全体的に「なんじゃ〜いっ!」と突っ込みたくなってしまうのだけど、でもよくよく考えると、いや…深いな……と唸ってしまう。

© 1939 Turner Entertainment Co. All rights reserved.

気づかないよね。どれだけ人に言われても、説かれても、自分の中にあるものには、なかなか気づ

けない。

そして最後にドロシーは、こんなことを言います。

「もしまたいつか私が“欲しいもの”を探す時が来るなら、裏庭より遠くを探そうなんて思わないようにするわ。家の裏庭にないようなものは、どこにもない。自分の中にあるはず。そうでしょ?」(意訳)

(if I ever go looking for my heart's desire again, I won't look any further than my own back yard. Because if it isn't there, I never really lost it to begin with. Is that right?)

虹の向こうに行きたい、と思っていたけれど、実ははじめから、本当に欲しいものを十分に持っていたドロシー。オズでの長旅を通じて、「すでに自分の中にあるものたち」に気づいたわけです。

このセリフは、「遠くに行かなくても、幸せは身近な場所にある」と聞こえると同時に、「望むものは身近なことを大事にした先にしかない」という意味も込められているような気がする。自分と、自分の身の回りを大事にしよう。それこそが幸せであり、「生きたい未来」が開けるたったひとつのことでもあるよ、と。いいな、いい話だ。

100年経っても、ドロシーはいる

私たちはつい、周りばかりを見て、自分と比べては落ち込んでしまう。

あの人みたいに、言葉のセンスがあったら。あの人みたいに、要領が良ければ。あの人みたいに、話し上手だったら。あの人みたいに、スタイルがよければ。あの人みたいに、体力があったら。あの人みたいに……。

物語が作られた時から100年以上が経ってもなお、私たちはドロシーであり、カカシであり、ブリキ男であり、ライオンである。人間って変わらない。いくら技術が発展して、スマホを手にして指先ひとつでなんでも叶えられるようになっても、悩んでいることは1世紀前と同じ。誰かに言われても、何回気づいても、同じようなメッセージを伝えてくれる作品を観ても、悲しいことに私たちはなかなか変われない。でも。だから、物語がある。何年経っても、何度でも観られる物語を通して、変わらない悩みを抱えつづける愚かで可愛い私たちを、励ましてくれる。

かわいらしいキャラクターとカラフルな映像、美しい歌、心が踊る楽しいおとぎ話が伝えてくれる、100年変わっても色あせないメッセージ。それをしっかりと受け取ったあとは、かかとを3回鳴らして、なんの変哲もない家路につきましょう。家の裏庭にないようなものは、どこにもないから!