洋楽が苦手な人にこそ聴いてほしい、イギリスを熱狂させる日本人リナ・サワヤマの『Hold The Girl』

未知なるものへの橋渡しになるかもしれないJ-POPと洋楽のかつてない融合

洋楽離れが叫ばれて久しい昨今、「洋楽が苦手」「邦楽しか聴かない」という人は少なくありません。筆者の身の回りにも、老若男女問わずたくさんいます。

まあ、コンテンツ供給量は増え続ける一方ですし、魅力的な日本の音楽がたくさんあるのも事実ですからね。

でも「洋楽は聴かない」と暗に自分を縛ってしまっているのなら、それはもったいない。何も「洋楽と邦楽のどちらが優れているか?」なんて話ではありません。シンプルに、好きなものが増えたら、そのぶん楽しいことも増えるじゃないですか。

…というわけで本稿の主役、英国ロンドンを拠点に活動するシンガー・ソングライターのリナ・サワヤマをご紹介しましょう。

© Thurstan Redding

リナ・サワヤマは日本生まれロンドン育ちの日本人。今年の『SUMMER SONIC 2022』で来日し、テレビ番組『スッキリ』に出演していたので、ご存じの方もいるかもしれません。以前は『情熱大陸』でも取り上げられていましたね。

そんな彼女のデビューアルバム『SAWAYAMA』はエルトン・ジョンら大物ミュージシャンからも称賛され、英音楽賞であるマーキュリー賞のノミネートでネックとなっていた国籍の条件も彼女のSNSでの働きかけにより変更されるなどの成功を収めました。また世界屈指の野外フェスとも称される米『コーチェラ・フェスティバル』にも出演しています。

そんな世界的評価を集めている彼女が作った新作アルバム『Hold The Girl』こそが、洋楽に苦手意識を持っているあなたにこそ聴いてほしい作品です。

リナ・サワヤマ『Hold The Girl』

前提:洋楽を苦手と感じてしまう2つの大きな理由

注:本記事で紹介する邦楽と洋楽それぞれの特徴は、あくまでもメインストリームのポップスにおける傾向です。いくらでも例外があること、時代やジャンルによっても変わることを前提としてお楽しみください。

本題に入る前に、洋楽に苦手意識を持ってしまう理由を整理しておこうと思います。

理由1:何を歌っているのかわからない

これは定番中の定番。「英語ができないから、何を歌っているのか全然分からない」というやつですね。

単刀直入に言えば、これについては2つの解決方法があります。

まず1つ目は「和訳を読む」。曲名+和訳でGoogle検索すれば大抵の曲で有志による和訳が出てきますし、もし見つからなければ英語詞をコピペして翻訳サービス「DeepL」や「Google翻訳」に入力してください。最近の翻訳技術は進んでいるので大体の内容は掴めると思います。

次に、2つ目の解決方法は「気にしない」です。元も子もないようですが、よく考えてみてください。邦楽でも日本語なのに歌詞が聞き取れなかったり、ぜんぜん意味が分からなかったりする曲、多くないですか?

例えばサザンオールスターズの『勝手にシンドバッド』。いや、米津玄師『Lemon』みたいな曲だって歌詞の意味を考えながら聴くことはそんなにないし、King Gnu『白日』が何を歌っている楽曲なのか知っている人はあんまりいないでしょう。

音楽に限らず「理解しよう」という気持ちは大切ですが、前提として「必ず理解できる」とは思わない方がいいと思います。気楽にいきましょう。

理由2:洋楽には「サビ」がない

これも定番。「サビが盛り上がらない」という亜種もあります。

なぜこう感じるのかというと、シンプルに「邦楽はサビで盛り上がることに全力を注いでいるけど、洋楽はそうではない」からです。90年代後半にスウェーデン人プロデューサーであるマックス・マーティンが手がける楽曲がチャートの常連となって以降、洋楽も彼の作風に追従してこの傾向を強めているのですが、J-POPにおけるサビへの力の入れようは、その比ではありません。

その象徴がBメロ。サビ前に一旦楽曲のムードを落ち着かせたり、サビに向けて高まる感情の波を表現したりするパートですね。しかしながら、洋楽は構造的にBメロがない楽曲が多く、あったとしてもJ-POP的感覚からするとAメロの変形だと感じられる場合も少なくありません(そもそも洋楽は各セクションをヴァース/プレコーラス/コーラスと呼んでおり、邦楽とはちょっと感覚が違います)。

一方、邦楽はサビを強調するために、イントロやAメロに対してBメロとサビでコード進行やリズムパターンを大きく変えるのが基本。これによって楽曲の雰囲気が変わって、サビの盛り上がりをさらに演出できるわけです。

しかし、昨今の洋楽はベースとなるコード進行やリズムを最後までほぼキープするのが当たり前。そのため、海外の人がJ-POPについて「一曲の中に何曲入ってるんだ?」「日本の音楽は複雑だ」といった反応を示すことも珍しくありません(ちなみに筆者も、海外のミュージシャンからこんな話をされたことが何回もありました)。

さて、このサビ問題の解決法について。基本は慣れの問題ですが、手っ取り早く解決する方法として「ダンスを意識する」が挙げられます。

「メロディーこそ楽曲の肝である」という傾向が邦楽にはありますが、クラブミュージックをベースとする現代の洋楽は、その根底に「ダンス」を意識したリズムを置いています。先述のコード進行とリズムを最初から最後まで一定にキープする傾向は、その表れでもあります。曲調やリズムがころころ変わってしまっては踊りづらいですからね。

というわけで、頭と耳でメロディーを追って音楽を聴くのではなく、軽く踊ったりリズムに乗ったりしながらメロディーを口ずさむよう意識してみましょう。きっと、少しずつ新しい音楽の楽しみ方を身につけられるはずです。

洋楽が苦手な人にリナ・サワヤマ『Hold The Girl』をおすすめする理由

ここからが本題です。リナ・サワヤマ『Hold The Girl』のどこが洋楽に苦手意識を持つ方におすすめなのか? そのポイントを紹介します。

理由1.J-POPの影響を強く感じるソングライティング

まず、リナ・サワヤマの作る音楽は、多くの日本人が親しみやすいであろう“洋楽”です。

その最もわかりやすい例が『Hold The Girl』収録のいずれの曲にもBメロがあること。そして全体として各メロディーが短めに収められており、それに当てられる言葉もきっちりと整理されているので、J-POPに慣れた耳でもフレーズがとても覚えやすくなっています。

これにはおそらくリナ・サワヤマのプロフィールが影響しています。

彼女は新潟で生まれて、5歳のときにロンドンに移住。5歳からロンドン在住となれば“根っからの海外育ち”になるかと思えますが、実際はそうではなく、当初5年間限定の在住予定だったことから、しばらく日本人学校に通って日本の文化に親しむことになりました(インタビューではモーニング娘。やポケットビスケッツに対する言及も)。

そんな環境で、彼女は宇多田ヒカルを聴いて「ミュージシャンになりたい」と思い、お姉さんの影響から椎名林檎もフェイバリットだったといいます。こうしたルーツからも、やはりリナ・サワヤマの根っこにはどこかJ-POP的な感性が流れているのでしょう。

©Thurstan Redding

その後、結局ロンドンに住み続けることになり、ロンドンの公立学校へ転校。そこからブリトニー・スピアーズやデスティニーズ・チャイルド、N.E.R.Dをはじめ欧米のカルチャーを吸収していったそうです。

ちなみに現代の洋楽ポップスは複数名による作曲が当たり前ですが、『Hold The Girl』も同様。リナ・サワヤマが全曲に携わりながら、共同ソングライターとしてイギリスのミュージシャンや、人気シンガー・アデルとの仕事で知られるポール・エプワースなどの大物を楽曲ごとに迎えています。

理由2.J-POPと洋楽のかつてない融合

だいぶ乱暴な表現ですが、リナ・サワヤマの音楽は「日本人が作る本物の洋楽ポップス」という、これまでになかったラインの音楽です。

先ほどそのソングライティングにJ-POPの影響が感じられることは紹介しましたが、彼女の音楽はソングライティング、プロデュースどちらの観点から見ても紛れもない洋楽です。マーキュリー賞の一件や『Hold The Girl』が獲得した英アルバムチャート初登場3位という記録は、その証拠と言って差し支えないでしょう。

©Thurstan Redding

そもそも現代の洋楽における「プロデュース」を整理しておきましょう。というか「秋元康プロデュース」という強烈なアイコンや、映画やドラマにおけるプロデューサーとの混同のせいで激しく誤解されている節がありますが、音楽におけるプロデュースとはそのレコードに収録する音の責任を負うことです。

邦楽特有の「編曲」というクレジットがありますが、洋楽においてはこれがプロデュースだと捉えても大きな間違いではないでしょう。特に00年代以降の打ち込みが当たり前となった時代においては、歌以外のビート(邦楽でいうところの「トラック」や「オケ」)を作る役割を果たすことになるため、その重要性はさらに増しています。

こうしたサウンドプロダクションにおける邦楽と洋楽の代表的な違いが「邦楽は音数が多くて派手、洋楽は少なくてシンプル」というもの。そしてアメリカのポップスに顕著なのですが、洋楽はヴォーカルの仕上げに非常に気を使います。声の重ね方を吟味するのはもちろん、各テイクの良い箇所を切り貼りして繋ぐことで最高のヴォーカルを作ることも珍しくありません。

この辺りは本作も例外ではないですね。ぜひ、研ぎ澄まされたメロディー、ヴォーカルテイク、サウンドの妙をぜひ楽しんでみてください。ここにはガイドラインとなるBメロも、親しみやすいサビも用意されていますので、ご心配なく。

ちなみにソングライティング同様、プロデュースも複数人での共同作業が今の洋楽では当たり前。『Hold The Girl』もほぼ全曲にリナ・サワヤマが関わりながら、各曲で1〜3人の外部プロデューサーを迎えています。

『Hold The Girl』をきっかけに、もっと新しい音楽を

以上、リナ・サワヤマ『Hold The Girl』が洋楽に苦手意識を持っている人におすすめの作品である理由を紹介しました。

繰り返しとなりますが、ここで紹介した邦楽と洋楽それぞれの特徴は、あくまで大まかな傾向であり、例外はいくらでも存在します。その例外を見つけるのも含めて、ぜひ海外の音楽を楽しんでいただければ幸いです。

そして、本作を聴いて少しずつ洋楽に馴染んだり興味を持ったりしたら、リナ・サワヤマの日本語インタビュー記事を検索して、彼女が『Hold The Girl』で何を歌っているのかを調べてみてください。

彼女は英国在住の日本人として、アジア人として、女性として、自らの立場について自覚的に活動しています。それはさまざまな境界線上で世界を見つめ、それを語ること、疑問を投げかけることでもあります。

本記事は、そんな彼女の作品を聴いた筆者が、「これは洋楽を含む海外文化に苦手意識を持っている人の障壁にもヒビを入れ、未知なるものへの橋渡しができる音楽ではないか」と感じたことから書き始めた文章です。

このすばらしい作品と、このテキストをきっかけに、少しでも外側に興味を持っていただければ幸いです。