食糧事情や日常風景が生々しい…戦時中の雰囲気を伝える漫画『風太郎不戦日記』

TVODパンス 太平洋戦争末期の日記から学ぶ「緊急事態」への備え

太平洋戦争中の日本、とくにその末期、1945年(昭和20年)には何が起きていたのか。いま私たちがあの時代について調べるなら、多く残された公式の記録やドキュメンタリーを参照することができる。しかし、それだけでは実際に人々がどのような日常を送り、何を考えていたのかを知るのは難しい。当然、戦地ではなく、国内で暮らしていた人もたくさんいたのだ。

そんな時のために、当時残された日記がある。中でもよく知られているのが、山田風太郎の『戦中派不戦日記』だろう。のちに伝奇や推理小説で名をはせる彼による医学生時代の記録だ。それを『マリーマリーマリー』『プリーズ、ジーヴス』シリーズなどの勝田文がコミカライズした『風太郎不戦日記』は、シンプルで流麗な画も相まって、時代の雰囲気を生き生きと伝えてくれる。

『風太郎不戦日記』1巻表紙 ©️山田風太郎/勝田文/講談社

シラミや銭湯の汚さも…怖気をふるう戦時中の日常の生々しさ

ではその雰囲気とはいかなるものか。まず一言でまとめてしまうと、「人心と環境が荒廃しつつある」のだ。そうなってしまうのももっともで、長く続く「緊急事態」の中で、人々は緊張を強いられ、しかし緊張自体が日常なので、のんべんだらりとしつつ、どこか刹那的になってしまう。

1巻のはじめからそんな状況をわかりやすく示しているのが、銭湯の描写だ。まず下駄箱に注意。普通の履物を履いていけば絶対に盗まれてしまうとある。そして衣類を入れるかごはシラミの寝床となっており、なんといっても湯が当時の「道頓堀のドブ」に匹敵するほどに汚い。

主人公も「銭湯は実に不気味になった…」と語る『風太郎不戦日記』1巻より ©️山田風太郎/勝田文/講談社

主人公はその原因を冷静に分析する。燃料がないため自宅で風呂に入れず、工場の油や防空壕の土にまみれ、娯楽がないからみんなこぞって銭湯にやってくるといったものだ。そして当然なのだが青年がいない。このような生々しさは、戦時中について書かれたフィクションにはあまり見られないものだ。

国の行き先を案じ毎日ジリジリ…主人公の視線の魅力

原作も含め、本作の魅力は、なんとなく傍観者的な主人公の視線だ。まるで別の地から来た人間がレポートするかのような冷徹な筆致になっているのだが、それは主人公自体が当時「若者」だったからに違いない。

将来もわからない、なんとなく医師を目指しており身体も弱く他の青年のように戦地には行かない。勉強に関係ない小説なども耽読しながらクラスメイトたちと淡々とした日々を過ごしている。

しかし、反戦/厭戦思想を持っているわけでもないところが重要。むしろ、国を思い、行き先を案じる気持ちは十分にあり、毎日ジリジリしている。

物価が高騰し、国を憂う主人公『風太郎不戦日記』1巻より ©️山田風太郎/勝田文/講談社

そしておぼろげながらにいつか来るであろう死を意識し続ける。そこにやがて、空襲という形で、リアルな「戦争」そのものが迫るようになるのだ。そこからの主人公の奮闘にも注目されたい。

ブログを読むような臨場感、戦争末期を描写したそのほかの日記

さて最後に、本作と併せて読みたい太平洋戦争末期を描写した日記にも触れておこう。

高見順『敗戦日記』は、文学者という立場から書かれているため本作にも少し近い雰囲気があるが、年齢が山田風太郎より上なので酒を飲みに行く描写もある。

高見順『敗戦日記』中央公論社

1945年1月には友人と「国民酒場」に行こうとするが営業しておらずいくつかの店を転々とし、結局見つからずコーヒーを飲んで帰る。

「国民酒場」とはこの時期に少しでも娯楽を提供しようと官製で設けられた酒場で、企画したのは戦後、70年代に首相になった大平正芳だ。毎日の営業はできず、このようにちょっと酒を飲みに行くのも一苦労だった。僕も最近のコロナ禍に際して、このエピソードを思い出してしまった。

もう1冊は清沢洌『暗黒日記』。こちらは戦前から活躍していた国際派のジャーナリストで、今で言うリベラル的な立場から戦時中もなんとか活動しつつ、官僚や政治家にも知人が多数いるため報道されない事象にも通じている。

『暗黒日記』は新たに編集されたものも刊行されている。

清沢洌著/丹羽宇一郎編集・解説『現代語訳 暗黒日記』東洋経済新報社

いわばエスタブリッシュメント的な立ち位置からの日常をこっそりと記録したものだが、現実主義に立脚しながら政府の姿勢に斬り込む姿勢に読み応えがある。新聞の切り抜きを引用した文はまるでニュースを分析するブログを読むようで臨場感に満ちている。

このように残された記述の数々を読み比べながら「戦時中」という時代を立体的に捉え、かつ、これからまたいつくるかわからない「緊急事態」に備えてみるのも良いかもしれない。