旅行している錯覚に陥る…『北北西に曇と往け』で堪能するアイスランドの魅力と本格ミステリー

絶景に食文化も…アイスランドの描写とミステリーのバランスが絶妙!

コロナ禍は続き、世界は遠くなってしまった。テレビや映画で世界の絶景を見ても、観光ガイドや誰かの旅の記録を読んでも、ただ旅への欲求が高まるばかり。そんなときおすすめしたいマンガが『北北西に曇と往け』だ。きっとこの作品に飛び込めば、アイスランドの土地を踏み締め旅をした記憶があなたの中にも残るはず。

『北北西に曇と往け』1巻表紙 ©入江亜季/KADOKAWA

マンガでこれほどの絶景旅を体験できるとは

「とにかくアイスランドの描写が美しくて引き込まれる」と、友人から熱弁され薦められた『北北西に曇と往け』。アイスランドという国の知識はオーロラとか、温泉とか、それくらいしかなく、私は正直ピンときていなかった。

だが、一度読み始めたら取り憑かれたかのようにページをめくる手が止まらなくなり、絵も物語も余すことなく飲み込むために何度も読み返し、作品の魅力にどっぷりと浸かりきってしまった。緻密な線画で描かれた凄まじい迫力のアイスランドの自然を眺めていると、まるで実際に旅をしているかのような錯覚に陥る。

シンクヴェトリル国立公園の絶景『北北西に曇と往け』2巻より ©入江亜季/KADOKAWA

景色だけでなく食の描写も魅力的だ。主人公の慧は無類の肉好きでたびたびおいしそうに肉を食べる様子が描かれ、アイスランドの食文化の特徴が描かれる場面も多い。

アイスランドの食事に関する情報も充実『北北西に曇と往け』2巻より ©入江亜季/KADOKAWA

自然や食だけでなく、街での観光や人々の服装も描かれ、国の歴史と今は作中のアイスランドの人々から語られる。マンガという手段でさまざまな角度からアイスランドが描かれ、自身が観光客として作品に飛び込むように読み進められる。

このマンガの魅力はアイスランドの描写だけでなく、主人公を巡る謎に満ちた物語にもある。

謎の死を遂げる人々と、美しくも不気味な弟の謎

アイスランドに住む17歳の御山慧(みやま・けい)。フランス人の祖父ジャックと暮らす。慧と弟の三知嵩(みちたか)は両親を亡くし、慧はアイスランドで、三知嵩は日本で、それぞれ別の親族のもとで生活している。そしてジャック、慧、三知嵩はそれぞれ異なる特殊能力を持っている。

慧は探偵業をして生活費を稼いでおり、手がかりを探るときに使うのが彼の特殊能力だ。それは、車などの機械と会話する能力。愛車のジムニーと親しげに話しながら移動するだけでなく、依頼に関わる機械から手がかりを聞き出し、真相に近づいていくことも多い。

車に「聞き込み」をする主人公の慧『北北西に曇と往け』1巻より ©入江亜季/KADOKAWA

祖父のジャックは、鳥とコミュニケーションを取ることができる。三知嵩が持つ特殊能力はまだはっきりとしていないものの、作中では恐ろしいものとして描かれている。どうやら慧やジャックのように有意義なものではなさそうだ。

三知嵩はたびたび姿を消し、その周辺では人々が謎の死を遂げる。弟を盲目的に信じる慧、異常なまで兄に執着する三知嵩、彼らの過去に何があったのか。人々の謎の死の秘密とは。アイスランドの美しい情景と共に、本格的なミステリーが描かれる。

アイスランドという国の描写、本格的なミステリー、どちらに偏ることもない。人々と関わる中でアイスランドの歴史や文化が語られるし、慧と三知嵩を巡る謎はどんどん深まっていく。そのバランスが絶妙だからこそこのマンガは魅力的なのだ。

「人探し」の依頼の際にはアイスランドの法制度の話も『北北西に曇と往け』3巻より ©入江亜季/KADOKAWA

ジャックは好色漢で自然に詳しい生態学の大学講師、そんなジャックに恋をするのは休業中の女優カトラ。彼女の姪リリヤは慧と犬猿の仲だがなんだかんだ相性が良さそうだし、慧はクールに見えるが実は女性が苦手。

そんな主要人物だけでなく、慧が探偵業を営む中で出会う人々の気持ちや事情も丁寧に描かれるし、誰もが自分の意志や価値観を大切にしながら、交流を諦めず、強くしなやかにアイスランドで暮らしている。

2巻から登場する、日本から観光で訪れた慧の友人・清(きよし)も魅力的な存在だ。登場時は内向的に見えるが、旅の中でアイスランドの人々や慧に対する言葉や行動は非常に自立したものであり、慧と自身の違いを理解しながら尊重し合っている姿が印象的である。清の目を通して見るアイスランドの魅力は、その土地で暮らす人々とはまた違ったものがあり、読者を取り残さない配慮のようにも見える。

描かれるアイスランドが魅力的である理由

1巻のあとがきで、作者・入江亜季が『北北西に曇と往け』を描くに至った理由が語られている。前作『乱と灰色の世界』終了後に自動車免許をマニュアルで取得して、国内外を旅し、アイスランドの土地に辿り着いた。『北北西に曇と往け』は作者がその目で見て旅した経験がありありと描かれていることがわかる。

作者が「一番ワンダフルでアメイジングで最高だった」と語るアイスランドのドライブをぜひ、皆さんにも堪能してもらいたい。

「目的地まで、成熟を待つ若者の目を通して、

アイスランドをインドア・ドライブ

楽しんでいただけましたら幸いです」

(『北北西に曇と往け』1巻 あとがきより)