映画『トゥルーマン・ショー』の悪役プロデューサーと茶を飲みたい

見え隠れする「親心」に思わず感情移入……

友人の親は、めちゃくちゃ厳しい人だった。

○時には起床、○時から○時は勉強、携帯の使用は○時から○時まで……という具合に、友人の1日のタイムスケジュールはかなり細かく決められていて、さらには進学する大学や、就職先、結婚相手さえ「○○でなければダメ」と、まさに“レール”のある人生。

友人には本当は大きな夢があったのだけれど、両親を説得すると「そんな道に進んで、あなたが苦労するのは目に見えているから、近所の○○で働きなさい。そのほうが幸せよ。もう話はつけてあるから」と言われて、あえなく撃沈。結局、彼女は夢を断念したのだった。

まだ子を持たない立場ながら「果たして親の役割とはなんだろうか」なんて、ぐるぐると考えこむ羽目になってしまった。

親が自分の思い通りに進めているだけではないのか? いくら心配でも、自分とは別の人生を歩む子に対して、干渉しすぎではないのか? 心配と愛の境目ってどこだ? なんて。

……今でもこの気持ち自体は変わらないのだけども、でも昨年、私に息子が生まれたら、またちょっと違う気持ちになってしまった。なんと言っても、子がかわいい。ウルトラかわいい。もうめちゃくちゃかわいくて、かわいくて、大事で大事で大事で、この子に襲いかかるすべてのものから守ってあげたい……と思ってしまって、ハッとする。友人の親たちも、みんな、子(友人)のことが大好きで大好きでかわいくてかわいくて仕方なかったんだろうなって。

愛情の表し方は、人それぞれ。実際、当時の友人がいま幸せそうに働いているのを見ても、何が正しいのかはよくわからない。それを判断するのは他人ではなく、当人たちなのだし、いま、私にわかるのは「子の愛し方って、難しいよなあ」ということだけなのだった。

で、そんなことを思うようになった後、改めてジム・キャリー主演の名作『トゥルーマン・ショー』を観たら……、これまで全く感情移入しなかったキャラクターに、グッと来てしまった。やはり素晴らしい映画というのは、観るタイミングによって感情移入できるポイントが変わって何度でも楽しめるものなんですね。すごい。

ということで、今回は映画『トゥルーマン・ショー』のお話をさせてくださいませ。

主人公・トゥルーマン役のジム・キャリー。作中では作られた世界から脱出しようと奮闘する。

© 1998 2015 by Paramount Pictures.

シーヘヴンで暮らすトゥルーマン、彼の人生は「リアリティーショー」だった

まずは、まだ観たことがない方のために、映画のあらすじを。

ジム・キャリー演じる主人公の「トゥルーマン」は、アメリカのシーヘヴンという街で生まれ育ち、気さくなご近所さん、美人の妻、親友に囲まれて何不自由ない生活を送っているわけですが……、じつはトゥルーマンの人生はすべて「リアリティーショー」として24時間生放送で放映され、全世界の人たちに「楽しまれて」いたのでした。

両親も、友達も、妻も親友もすれ違う人もすべて、テレビ制作側が用意した役者(!)。そもそも彼らの暮らす「シーヘヴン」という街さえ作り物(!!)。番組プロデューサーの一声で、天候・気候・人の言動の何もかもがコントロールできる作り物の世界で、ただ一人生きているリアルな人間、トゥルーマン。彼だけが真実を知らずに、生きているのだった。おそろしい! 

トゥルーマンは「街の外に出てみたい」とずっと夢を持っているけれども、幼い頃のトラウマにより叶わない(これもプロデューサーの指示によって作られたトラウマ!)。思い切って海外に行くぞ! と思って旅行会社へ行けば「チケットは売り切れ」と言われるし、海へ出るぞ! と思えば犬に吠えられる。番組としては、超大人気コンテンツである「トゥルーマン」を、番組セットの外に出すわけには行かないと、あの手この手で阻もうとするわけです。かわいそう(だけど、そこが映画の面白さも作っていて…いやはやなんとも)。

でもトゥルーマンは、徐々に違和感を抱いてくるわけです。

「この街、なんか変じゃない?」って。そこからトゥルーマンは、自分が生きる街から抜け出そうとして……? というお話です。

トゥルーマンの妻・メリルももちろん役者。トゥルーマンにTV番組だと気付かせないための仕掛けは徹底している。

© 1998 2015 by Paramount Pictures.

この映画の面白いところは「実は、テレビ番組で放映されていた!」という衝撃の設定が物語の大オチではなく、序盤からトゥルーマン以外全員が(観客である私たちも)、真実を共有しているところ。いつのまにか私たちもトゥルーマンの人生を覗く共犯者になっちゃって、一生懸命に生きているトゥルーマンの人生を「エンタメ」として消費している感覚になる。

これは、どう考えても行き過ぎたエンタメの示唆。まるで、最近人気のリアリティーショーの行く末のような、示唆に富んだ設定なんですよね。1998年に作られた映画ですが、まるで未来予知なのではないかと思えてくるほど。

で、そんな世界に辟易しつつ、トゥルーマンが作られた世界に疑念を持ち、自分をコントロールするすべてのものから抜け出そうと奮闘する姿に勇気をもらう……。というのが、おそらく初見の感想で一番多いものなのですが、今回、4回目を視聴した私が思いをめぐらせてしまうのは、番組を作ったプロデューサー「クリストフ」です。

子を守ろうとする親にも見える?悪役・クリストフが見せる愛情

クリストフは「トゥルーマン・ショー」の製作者。番組を統括している最高責任者的存在で、シーヘヴンの月にある「月面ルーム」からトゥルーマンを24時間モニターで監視している。彼の発言ひとつで、天候や彼の人生に出会う人間まで決めていて、まるで神のよう。彼はこの作品では、いわゆる悪役。彼こそが、トゥルーマンを見世物のようなコンテンツに仕上げた、張本人なわけです。

はじめてこの映画を見た時は、クリストフに対して「こいつ! 人の心がないんか! 神のつもりか! 傲慢だ!」という気持ちにもなったけど、いま見ると……、

この人、トゥルーマンのこと、愛しているんですよね……。

深夜。映像に映っているトゥルーマンの寝顔を、そっと撫でてみるクリストフ。

トゥルーマンの成長を生まれる前から見守り、はじめて歩いた瞬間、初恋のこと、その一つ一つの成長の記憶を抱きしめているクリストフ。

彼はトゥルーマンの“親”で、彼に対して愛情がある。その証に、ラストでトゥルーマンに語りかけるシーンは、まるで赤子を抱いているかのようにトゥルーマンが映るモニターを抱きしめている

外へ出たいと願うトゥルーマンに対し、「君の周囲の嘘 まやかし だが君の世界に危険はない」と語りかけるクリストフは、いきすぎた愛情を持った親そのもの……。見守り、彼の人生を導き、今後の展開を考え、レールを敷いてやる。愛する我が子が、傷つかないように。

『トゥルーマン・ショー』

発売中

2,075円(税込)

発売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント

© 1998 2015 by Paramount Pictures.

そばにはいられないし、声もかけられないけど、24時間、30年間、彼はトゥルーマンの育児をしてきたんだと思う。

「私は君のすべてを知っている」とクリストフは、トゥルーマンに語りかける。うんうん、わかる。そんな気分になっちゃうよね。24時間ずっと見てきたんだもん。得意なこと、言いそうなこと、好きな友達、好きな人、全部わかる。だから彼は、ここにいた方が安全だよ、君にはそっちの方が向いてるよ、外の世界は怖いよ、やめときなよって語りかける。

そこでトゥルーマンが答えるのだ。

「頭の中にはカメラはない!」

ハッとする。そうだった。いくら全てを知っている気になっても、結局は別の人間。それが24時間見守った子でも、敷いたレールを歩みつづけた子でも、お腹を痛めてひねり出した子でも。

親の気持ち、子の気持ち

出口に辿り着いたトゥルーマンのセリフは、皮肉の効いた一言となっている。

© 1998 2015 by Paramount Pictures.

息子を見ながら、よく考える。

彼の全部を、抱きしめていられるのはいつまでだろう。

彼の表情と気持ちが、手にとるようにわかるのは、いつまでだろう。

彼が、この先の人生でできるだけ幸せでいて欲しい。できるだけ傷つかなければいいな、と思う。でも、思うことしか、できないんだよねぇ。親って切ない。

そう考えているとクリストフの肩を叩いて、お茶でも飲みながら泣き言でも聞いてあげたくなってしまうのだった。

「心配なんだよ」とクリストフはきっと言うだろう。

「トゥルーマンはこの先どうなる? 作り物の世界しかしらない彼が、外の世界で生きていけると思う? 自分の言う通りにすれば傷つくことはないのにどうして?」とクリストフはきっと嘆く。そんな彼の肩を抱き、一緒にお茶を飲みながら、まるでママ友のように一緒に語らいたい。

「私たちにできるのは、子を信じることだけじゃないかな」って感じでね。

トゥルーマンとクリストフのラストのやりとりは、本当に見もの。ぜひご自分の目で観ていただきたい。

自分の人生を自分で作っていきたいと願う子どもの気持ち、そしてそんな子をハラハラしながら見守り、時に干渉しすぎてしまう親の気持ち。そのどちらも伝わってくる。

昔は「行きすぎたエンタメを描いた皮肉で、ブラックユーモアにあふれた、最高に面白い映画!」としか思わなかったのに、いつのまにか親と子の気持ちに共感している。

映画『トゥルーマン・ショー』は、とても味わい深い映画なのでした。すごい! どの立場でもきっと楽しめる。ぜひ、観てください。