奇抜なギャグと不条理な展開を、映像的表現の巧さで魅せる榎本俊二

創作に携わる人たちから絶大な支持を集めるわけですよ

好きな漫画について語るこの連載も第3回を迎えました。第1回のテーマは中崎タツヤ先生の『じみへん』で、第2回が漫☆画太郎先生、そして今回は榎本俊二先生です。

漫画の三大出版社といえば、集英社、講談社、小学館ですよね。「スピリッツ」で連載していた『じみへん』は小学館、漫☆画太郎先生は「ジャンプ」出身なので集英社、次は講談社の漫画がいいな〜と思って本棚を探していて見つけたのが、1993年から2003年まで「モーニング」で連載していた榎本俊二先生の『えの素』です。

踏み絵だった『GOLDEN LUCKY』

榎本俊二作品との出会いは、多摩美術大学に通っていた大学生時代。ラーメンズの相方である小林賢太郎の家の本棚に置いてあって、「これすごいおもしろいぞ」とすすめられたのが、榎本俊二先生のデビュー作『GOLDEN LUCKY』でした。

新たに編集された『GOLDEN LUCKY 完全版』は上・中・下の3巻にまとめてられています。

第1巻が発売されたのが1990年。奇抜なギャグと不条理な展開で、榎本先生の代表作となったミニマムな4コマ漫画です。

ただ正直、最初に読んだときはそのおもしろさが理解できず、あんまりピンとこなかったんです。ギャグはナンセンスだし、それなのにツッコミはあったりなかったりで、とにかく難しかった。

『GOLDEN LUCKY 完全版』中巻より ©️榎本俊二/太田出版

でも、そこは踏み絵というか、試されているというか、美大生たるもの、このおもしろさが理解できないのは恥ずかしいと思ってました。最近の漫画は、とにかくわかりやすいことが正義で、シュールなギャグや難解な描写はそっと忍ばせる傾向がありますけど、あの時代、90年代はわかりにくいことこそかっこよかった。わかりにくさ全開の、まさにサブカルチャーです。

漫画表現で文学や哲学の領域に

あれから30年が経ち、改めて『GOLDEN LUCKY』の凄まじさを体感できるのは、10巻に収録されている最終回です。全10巻の単行本で、それまでずっと4コマ漫画だったのに、最終回だけ違う。セリフもほぼなく、完全に絵だけで進んでいく怒涛のクライマックス。漫画のうまさが極まっているエンディングは圧巻です。

『GOLDEN LUCKY 完全版』下巻より ©️榎本俊二/太田出版

絵だけで漫画を完成させるって、相当な技術がないと絶対にできません。破綻なく描けているのが本当にすごい。最終回に登場する7ページを描くだけで何ヶ月もかかったらしいですから。

榎本先生の作品全体にも通じますが、とくに『GOLDEN LUCKY』は、何か“こと”が起こる前で終わっていたり、その先をどう想像するかっていう、漫画で表現された文学とか哲学の領域なんです。さすがにこれは早すぎたなと思います。

2002年に太田出版から全3巻で発売された『GOLDEN LUCKY 完全版』の中巻の解説では、松尾スズキさんが『GOLDEN LUCKY』の笑いについて、見事な分類をしています。

  • 普通に笑えるであろうもの

  • 安全に笑えるであろうもの

  • 危ういが「笑いで」あるもの

  • 笑いは別として人として読んで安心するもの

松尾さん、さすがですね。これ以上の分類はないでしょう。

下ネタの向こう側に到達した『えの素』

4コマ漫画だった『GOLDEN LUCKY』での実験を経て、エログロを解禁し、映像的な動きを優先させたコマ割りになっているのが、1997年に連載がスタートした『えの素』です。榎本先生の漫画で、僕が個人的に一番好きな作品。一コマ目を読んですぐに、ちゃんとおもしろいって思えました。よかった。

『えの素』1巻 表紙 ©️榎本俊二/講談社

その内容は、とにかく下品。もはや下ネタの向こう側。漫画として超おもしろいのは当然として、回を重ねていくにつれて、表現がだんだんアートになっていくんです。

ギャグのモチーフとしては、ウンコ、チンコ、ゲロ、デブ、バカ、ハゲ……そういう時代でした。でも、汚くはないんです。抽象的というか、概念としてのウンコだったりするので。下品といえば下品なんですけど、明らかに線引きがあって、ここまでの下品は描くけど、その先の下品は絶対に描かないぞっていう境界がある。下ネタもウェットではなくドライ。なので、どことなく清潔感すら漂っている。そんな狂った漫画を単行本で9巻まで出すって、本当にどうかしてますよ。

『えの素』3巻より ©️榎本俊二/講談社

必要のない線は一切描かない

今の漫画の潮流としては、手でトーンを貼るのではなく、すべてがデジタルで描けるようになったことによって、1枚の絵としてのきれいさというか、細かさや緻密さに重点が置かれていますが、榎本先生の漫画はその流れではありません。

『えの素』6巻より ©️榎本俊二/講談社

線に確実性があって、実体感が伴っている。キャラクターの造形はもちろん、背景の破片とかに至るまで、すべて1本1本の線でちゃんと描いているんです。絵的なごまかしみたいなことがなくて、作品のための最適なタッチで描かれている。そして、必要のない線は一切描かない。線の数は最近の漫画と比べると少ないけど、そのぶん1本1本の線が豊か。そういう漫画でこそできる表現を追求する姿勢、かっこいいですよね。

辛口映画レビュー漫画『映画でにぎりっ屁!』

榎本先生ご本人とは、1999年にラーメンズが講談社の「ヤングマガジン アッパーズ」で連載をはじめた縁もあり、先生がラーメンズの公演を観に来てくれて、そこから交流がはじまりました。

『GOLDEN LUCKY 完全版』の上巻では賢太郎が解説を書いていて、『えの素 完全版』の中巻には僕が榎本先生と合作した漫画が載っています。この合作漫画は、カタゲリ博士というキャラクターが登場する、ひたすらウンコの話です。それと『えの素 完全版』は、上・中・下の表紙がすべて下ネタになっているので、ぜひ写真でご確認ください。

こちらが『えの素 完全版』の表紙。

榎本先生はシュールなギャグ漫画だけではなく、エッセイやファンタジー作品も描いています。育児エッセイ漫画『榎本俊二のカリスマ育児』とか、父親と赤ちゃんのファンタジー漫画『ジロバッグ』はとても読みやすいですね。

なかでも僕のお気に入りは、『映画でにぎりっ屁!』という映画レビュー漫画。漫画と文章で観た映画を批評していくスタイルで、これが超辛口。

『映画でにぎりっ屁!』表紙 ©️榎本俊二/講談社

榎本先生は映画学校の出身なので、映画にめっちゃ詳しい。この漫画ではその見識がいかんなく発揮されているのですが、そのぶん観る目が厳しい。だからこそ、構図とか脚本とか、細部に対するダメ出しも的確でおもしろいし、一方では監督や俳優への個人的な思い入れが強すぎてガッカリしたりとか。

エッセイ漫画やご本人が登場する漫画を読むと、孤高のギャグ漫画家の人間的な一面を見ることができて、僕はとても好きです。

異色の時代劇漫画『斬り介とジョニー四百九十九人斬り』

榎本俊二作品のなかでも異色といえるのが、2010年の『斬り介とジョニー四百九十九人斬り』です。当時「アフタヌーン」に100ページ以上の読み切りで載っていて、まービックリしました。

『斬り介とジョニー四百九十九人斬り』より ©️榎本俊二/講談社

見てください、この動き。白土三平とか、あの時代の劇画に通じるようなタッチ。ストーリーではなく、漫画で魅せる作品。一列に並んだ首が一瞬で一斉に切られる、この1コマ。

絵がうまいのは言わずもがな、コマのスピード感と映像的な展開もすごい。平面から急に立体になったり、カメラワークを多用して奥行きを出すような手法は、確実に『GOLDEN LUCKY』や『えの素』から受け継がれています。この映像的表現の巧さゆえに、作家とか創作に携わる人たちから絶大な支持を集めるんだろうなー。

大きい絵が中心になって、動きの連続で魅せる漫画が減っていくなかで、刀の切り始めと切り終わりの決めカットがある時代劇のコマ割りは、とても貴重ですよね。時代考証だけではなく、殺陣も構えも衣装もすべてに手間がかかる時代劇漫画って、描くの相当大変ですよ。

『斬り介とジョニー四百九十九人斬り』表紙 ©️榎本俊二/講談社

この『斬り介とジョニー四百九十九人斬り』も描くのに2年6ヶ月かかったとあとがきに書いてありますが、読者としては、読むのに10分もかからない。そのダイナミズムと儚さ。漫画って素晴らしいですね。