『サイバーパンク: エッジランナーズ』は「アニメの未来と最期」を同時に描いた作品なのか

TRIGGERが原作を絶妙にチューニングした傑作!

2022年もたくさんのアニメが公開され、いくつものヒットや話題が作られました。

劇場作品では『ONE PIECE FILM RED』が180億円 を超える大ヒットを記録し、TVシリーズでは『リコリス・リコイル』『パリピ孔明』などが話題となり、現在も『チェンソーマン』『機動戦士ガンダム 水星の魔女』はじめ毎週SNSを賑わせる新作が放映中となっています。

そんな中、今回紹介したい作品が、Netflixの オリジナルアニメ『サイバーパンク: エッジランナーズ』です。これまでNetflixの日本オリジナルアニメにはおすすめしづらい作品が多い印象でしたが、本作は文句なしに「傑作」と推すことができる一本です。

Netflixシリーズ『サイバーパンク: エッジランナーズ』独占配信中

保証:『キルラキル』や『SSSS.GRIDMAN』のTRIGGER制作

参加スタッフの名前だけで「間違いない」と期待が高まるアニメ作品が年に1〜2本程度ありますが、『サイバーパンク: エッジランナーズ』は確実にその1本であり、実際に「間違いない」と言える作品でした。

アニメーション制作は、日本を代表するアニメスタジオであるTRIGGER。

TRIGGERはガイナックスの人気作品『天元突破グレンラガン』を手がけたメンバーが中心となって2011年に設立されて以来、『キルラキル KILL la KILL』『SSSS.GRIDMAN』『リトルウィッチアカデミア』『BNA ビー・エヌ・エー』など個性的な作品を制作し「ハイクオリティーかつオリジナリティーあふれるアニメを作るスタジオ」として、アニメファンの間では認知されています。

さらに本作の監督を務めるのは、同スタジオの今石洋之氏。1990年代にあの『新世紀エヴァンゲリオン』でアニメーターとしてデビューし、『天元突破グレンラガン』『キルラキル』『プロメア』などで監督を務めてきた第一線のクリエイターです。

「今石監督とTRIGGERが、NetflixでTVアニメの規制を取り払った作品を作る」。これだけでアニメファンとしては大事件なのです。

"原作"は、世界的な超話題ゲーム『サイバーパンク2077』

はじめに制作スタジオの話をしましたが、『サイバーパンク: エッジランナーズ』最大の特徴は、2020年に発売された海外のゲーム『サイバーパンク2077』を"原作"としていることにあります。

しかし"原作"といっても、実質的には別作品。アニメ『サイバーパンク: エッジランナーズ』は時系列的にはゲームの前日譚と位置付けられているものの、物語上の繋がりは基本的になく、「ナイトシティ」と呼ばれる街を共通の舞台としたオリジナルストーリーが展開されていきます。

この「ゲームとアニメ」「欧米と日本」のクロスオーバー、あるいは”すれ違い”こそが本作の魅力でもあるのですが、それはまた後述。

とりあえずは「ゲーム『サイバーパンク2077』をまったく遊んでいなくても、アニメ版の視聴体験には問題ない」ということを覚えておいてください。なんならアニメを観てからゲーム版をプレイした方が、時系列的にはしっくり来るはずです。

現代社会とリンクする物語。すべてが金次第の格差社会「ナイトシティ」

本作の舞台は、人体を機械化することが一般化し、あらゆるものがネットワークで繋がっている社会。そんな近未来において、大企業が牛耳る繁栄と荒廃が同居する都市「ナイトシティ」で物語は展開されていきます。

ナイトシティでは、マンションの自室にも自動販売機が設置され、備え付けられた洗濯機も課金制。家賃を滞納すれば遠隔で玄関にロックがかけられて入室不可となってしまいます。また交通事故などの負傷者の救助も、民間企業と高額契約している契約者が優先されます。要するに、非常に進んだ資本主義社会、あるいは格差社会と言えるでしょう。

そんな強烈な経済格差を飛び越える手段が暴力であり、ナイトシティには数々のギャングや、アウトローの傭兵“サイバーパンク=エッジランナー”が存在しています。しかし、人体改造が当たり前の世界ですので、金次第でハイレベルな格闘プログラムや屈強な身体パーツをインストールすることもできます。そして、最強の軍事力を持っているのもまた大企業であり、一部のギャングは企業の手足となって動いている現実もあります。

本作に登場するギャング「メイルストローム」

もちろん『サイバーパンク: エッジランナーズ』の世界観はSF的なディストピアです。しかし、私たちが生きる現代社会も、そこからそう遠くはありません。何をするにも金が要るのは当然として、もはやWebの広告を非表示にするのにも、ゲームで勝利するのにも課金が必要な時代。夏フェスのVIPチケットもいつの間にか当たり前になりましたよね。こんな世界で生きる私たちと、『サイバーパンク: エッジランナーズ』は決して無縁ではないのです。

そして、本作の主人公デイビッド・マルティネスは、シングルマザーの母親によってナイトシティで育てられた少年。母グロリアは救急隊員として働きながら、収入のほとんどをデイビッドの学費に充て、経済的に分不相応な学校に通わせています。その目的は、息子を大企業に就職させること。しかし、ある日いくつかの事件が重なり、デイビッドの人生は急変。アウトローの道を歩んでいくことになります。

主人公のデイビッド・マルティネス

『サイバーパンク: エッジランナーズ』は、経済格差という今まさに現代社会を覆わんとしているシステムをめぐる物語としても観ることができる作品なのです。

「日本のアニメ」として自然に観られる絶妙なチューニング

​もしかしたら、ここまでの説明を通して、『サイバーパンク: エッジランナーズ』=「重苦しい世界を舞台とする海外制作ゲームを原作とした、暴力やエロを含むアニメ作品」として高いハードルを感じてしまう方もいるかもしれません。しかし、その辺りの心配は不要。TRIGGERがしっかりとチューニングしてくれています(※16歳以上推奨作品です)。

そもそも、本作を企画したのは『サイバーパンク2077』の開発会社であるポーランドのCD Projekt REDであり、おおまかなキャラクター造形や全体のプロット、"ノワール的でビターな物語"という基本方針等は同社がはじめに用意していたそうです。しかし、TRIGGERは「ゲームとアニメの違い」などの観点から大きく調整を打診。結果として、当初案にはなかったキャラクターの追加などの変更が行われることになったのだといいます。

ヒロイン・ルーシーとの出会いのシーン

とくに前半の展開は、日本アニメの王道としての「ボーイ・ミーツ・ガールもの」としても観られるよう見事に料理されています。またTRIGGERがアニメ的なヒロインとして大幅に調整を施したルーシーのキャラクター像はもちろん、TIRGGERがゼロから創作して押し通したという"新キャラ"のレベッカは、アニメファンを作品のハードな世界に誘う役割を見事に担っています。

TIRGGERが登場させたレベッカ

「架空の街」をロケハン。メタバース以降の映画づくりはこうなる?

『サイバーパンク: エッジランナーズ』の中でも新鮮な要素が、ゲームを原作に持つアニメならではの表現。

とはいえ、ゲームを原作としたアニメ自体はさほど珍しいわけではありません(特に『リーグ・オブ・レジェンド』を原作とする2021年の3Dアニメ『アーケイン』はアニメ表現の新しい可能性を切り開いた大傑作ですので、非常におすすめです)。

では本作の何が特別なのかというと、その制作プロセスに由来します。TRIGGERのスタッフは、舞台となる「ナイトシティ」の開発中の3Dデータを活用し 、プレイヤーとして街の中を動き回りながらロケハンを行ったそう。そして本編で使用されている背景美術も、実際にそこで撮影したスクリーンショットをトレースする形で作られているのです。

舞台となるナイトシティ

実際に渋谷の街を歩いて最適なロケ地を探すように、仮想空間の中を歩いてシーンや物語を創造していく。それは今後メタバースが発展した未来で採用される映画やドラマ、マンガなどの制作プロセスとなるかもしれません。そしてこの手法には、作品世界の実在感を増加させるだけでなく、ゼロから舞台や設定を構築するよりもはるかに安いコストでハイクオリティーな成果物を得られるメリットも期待できるでしょう。

この制作スタイルが生む価値はそれだけではありません。アニメ『サイバーパンク: エッジランナーズ』を観た視聴者は、ゲーム『サイバーパンク2077』をプレイすることで”本物”のナイトシティを訪れる「聖地巡礼」を行うことができるのです。

実際、『サイバーパンク: エッジランナーズ』配信以降、ゲームのプレイヤー人口が数倍に跳ね上がったことが発表されており、これは新たなユーザー体験の提供と同時に、新たなビジネスモデルの構築にもつながることが予想されます。逆に、アニメよりゲームを先にプレイしていた場合も、地元がロケ地のドラマや映画を観るような現実とフィクションのボーダレスな感覚を味わえるでしょう。

どちらにせよ、これは原作『サイバーパンク2077』が非常に作り込まれたオープンワールド作品だからこそできたこと。そして現在のゲームの潮流や、今後のメタバースへの期待を含めれば、『サイバーパンク: エッジランナーズ』の手法は今後の映像作品作りのスタンダードとなる可能性すらあります。

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以上、『サイバーパンク: エッジランナーズ』をおすすめする理由を紹介してきました。はじめは専門用語の数々に翻弄されるかもしれませんが、大筋は自然と理解できるように作られています。それでも気になる方は公式サイトに用語解説が揃っているので、あらかじめ読んでおくことをお勧めします。

ぜひお気軽に視聴を始めて、現代社会とリンクする物語、未来のエンタメへの予見を体感してみてください。

おまけというか本題:以下、ネタバレ注意

さて、以下はネタバレを含みながら、『サイバーパンク: エッジランナーズ』という作品は何が感動的なのかを、私見たっぷりに紹介していこうと思います。

ぜひ作品を全エピソードご覧になってからお読みいただければと思います。

「エッジランナーズ」とは「日本の2Dアニメ」のことなのか?

筆者個人が『サイバーパンク: エッジランナーズ』で特に感動したポイントは、本作が「海外資本(by Netflix&CD Projekt RED)を元手に2Dアニメを制作する」という立て付けの中で、TRIGGERが「世界のカルチャーにおける『日本の2Dアニメ』」を描いた作品として捉えられる点です。

主人公デイビッドが第2話で装着する軍用の「サンデヴィスタン」は、通常の人間では考えられない高速アクションを可能にするサイバーウェア(人体に移植して使用されるデバイス)ですが、注目すべきはその映像表現。

『サイバーパンク: エッジランナーズ』劇中でサンデヴィスタンを使用すると、周囲の動きが遅くなり、自身の動きは通常スピードのまま各コマが残像となっていきます。つまり、これは「静止画の連続」で動きを見せる「アニメ」のメタ表現となっていると考えられるわけです。

フィクションの読解として「主人公が持つ"能力"は、それ自体が何らかのメッセージやテーマ性を孕んでいる」と捉えるのが基本。つまり本作はデイビッドたちの表面上の物語としてだけでなく、「アニメ」についての物語だと解釈できる構造を持っているのです。

サンデヴィスタンを装着したデイビッド

実際に『サイバーパンク: エッジランナーズ』製作陣のインタビューによると、サンデヴィスタンをデイビッドのサイバーウェアとしたのはTRIGGERであり、当初CD Projekt REDは別のサイバーウェアを提案していたそう。さらにTRIGGER側の発言として、アニメではゲーム版のサンデヴィスタンとはあえて解釈や描写を変えてあるというものもありました。

おそらく、デイビッドが人生をあまりに早く駆け抜ける本作ストーリーの暗示であると同時に、その裏側には(意識的か無意識になのかはわかりませんが)日本の2Dアニメに対する想いが込められているのでしょう。

そんなサンデヴィスタンですが、このサイバーウェアを使用することで大きく疲弊するばかりか果ては人間性を失ってしまうという大きな副作用が序盤から描かれます。そして、その副作用に対して人並みならぬ耐性を持つのが、主人公デイビッドの特徴であり資質なのです。

サイバーウェアは手術によって装着

しかし、結果としてデイビッドにも限界はあり、最後には人間としての原型を留めないほど身体改造を施し、致死量ともいうべき抑制剤を打ちながら何とか人間性を留めるまで追い込まれてしまいます。

「サンデヴィスタンの使用=アニメ制作」と捉えて本作のストーリーを解釈すれば、「(デイビッド=)日本のアニメ制作スタジオは過酷なアニメ制作への耐性はあるものの、徐々に社会構造に追い詰められ、無理やり身体改造として3DCGを含むデジタル技術の導入をして生き延びている。しかし、それも虚しく、どこかで限界を突破して力尽きてしまうだろう」という未来予測であり悲痛な叫び、あるいは矜持の発露とも捉えられるのです。

作品タイトルであり、ナイトシティを生きる傭兵の呼称である「エッジランナーズ」とは、そうしたギリギリを常に行く日本のアニメクリエイターそのものと見ることもできるでしょう。

デイビッドと仲間のエッジランナーズ

そしてもう一つ興味深いのは、デイビッドが常に「他人の夢」のために生きている人物であることです。彼は母親の夢を背負って学校に通い、父親がわりとなるメインの意志と体格に不相応な腕パーツを継ぎ、デイビッド自身の願いはどこにあるのかと問うた恋人ルーシーの「月へ行きたい」という(かつての)夢を叶えるために死にます。

擬似体験で二人が訪れた月

これは作品がどれだけ利益を生み出してもクリエイター本人たちに還元されにくい業界構造に対する告発としても捉えられますが、その一方では、日本のアニメやマンガが基本原則としながらも、昨今の世界基準のストーリーテリングで否定されつつある「自己犠牲」のキャラ化とも考えられます。

近年の海外ドラマや映画では、マッチョイズム/有害な男性性を象徴するキャラクターがヴィランとして登場するなどして、死を迎えたり救済されたりする展開が珍しくありません。だとしたら、自己犠牲の象徴としてデイビッドが本作で死を迎えるのも、ある意味で必然と言えるのかもしれません。

終わりゆくかもしれない「日本の2Dアニメ」と、否定されようとしている「自己犠牲」という価値観。そこへの惜別と哀悼。それ(を感じられる作品構造や演出)こそが『サイバーパンク: エッジランナーズ』に筆者が心動かされたポイントなのです。

始まりと終わりのキスに見えてくる「あの作品」

最後に。せっかくなので、デイビッドとルーシーの2度のキスシーンにも言及しておきます。第4話と第10話それぞれの終盤で描かれるキスシーンでは、どこからともなく紫と緑の光が暗闇に差し込み、画面全体を彩る演出が施されています。

ルーシーの自宅にて

始まりとなるエンゲージ(契約)と、終わりのフェアウェル(別離)を描いた両シーンに共通する紫と緑の光、そして黒い闇……。

もうお分かりでしょうが、この特徴的なカラーリングは、エヴァ初号機の配色そのものです。

先述の通り、今石監督のプロデビュー作品は『新世紀エヴァンゲリオン』であり、彼は完結編『シン・エヴァンゲリオン劇場版』にも参加しています。そしてTRIGGERというスタジオ自体にとっても『エヴァ』はその成り立ちに大きく関わる作品です。これは制作者自らのキャリアへの言及を含んだ『エヴァ』=『アニメ』へのオマージュであり、その先へ行く決意の表れとも捉えられる、感動的な演出だと感じました。

『サイバーパンク: エッジランナーズ』はビターな最後を迎えた物語です。しかし、ルーシーは生き残り、月でデイビッドの愛と温もりを体いっぱいに感じます。デイビッドら主要なエッジランナーたちは次々と命を落としますが、全滅したわけではありません。

そう、決して「無」に帰ってしまったわけではないのです。