22年前、大学に入学し上京した私はある女性と出会い、地元福島とは全然違う階層の人が東京にいることを初めて知りました。
いわゆる「お金持ち」は福島にもいました。でもその上の層があるとは。
その彼女は、政治家やら財閥やら、一族が国の根幹に関わっているという家の娘らしいのですが、具体的な話を聞いても階層が高すぎてなのか、私にはさっぱり理解できませんでした。
彼女は部屋着にブランド服をまとい、待ち合わせの時はホテルの「ラウンジ」というところで一杯1500円もするコーヒーを飲む娘でした。大学生ならチェーン店でしょ! いや、ガードレールに座って缶コーヒーでいい。
でも彼女には、上層階の住人であることをひけらかすような嫌らしい態度がまるでないのです。
これがハイクラスということなのか… と驚愕したのを覚えています。
一方、私といえばバイトに明け暮れてばかりで、彼女を前にどんどん卑屈になっていました。
私と彼女の間に流れる空気の違い。言葉にこそしないけれど、階層違いの風がぴゅうっと吹くあの瞬間。
映画『あのこは貴族』を鑑賞したとき、私の中にその時の思い出や、あの“階層違いの風”が蘇りました。
門脇麦さんと水原希子さんが演じる対照的なセカイの2人
結論から言うと、こちらの映画、すごく面白かったんです。
まさに「階層違いの風」がぴゅうっと吹く瞬間が見事に映像化されていて、「ああ!そういうことです。そういうことなんです!」と何度も頷いてしまいました。
主人公は門脇麦さんが演じる榛原華子。渋谷区松濤の実家暮らしで父親は医者、三人姉妹の末っ子として何不自由なく育った箱入りのお嬢様です。結婚が目下の最重要課題で、20代後半にして婚約者にフラれてしまったことで、新しい出会いを求めて奔走しています。
その結果、高良健吾さんが演じるハイスペックな弁護士・青木幸一郎と出会い、トントン拍子に結婚へと進んでいくのですが…。
一方、水原希子さん演じる富山生まれの時岡美紀は、有名私立大学に合格した後、学費の支払いが続かず夜の世界で働くも退学。現在は東京で会社員をしていますが、何か満たされずに過ごしています。
思わずゾクッとする"階層違い"が鮮明となるシーン
幸一郎と同じ大学だった美紀が華子と出会うことで進み始める物語。
その中で「階層違いの風」が吹く瞬間が描かれます。
例えば2人が初めて出会うシーンでは、美紀がホテルのラウンジみたいなところで華子を待っています。
華子が来たことが分かり立ち上がったその時、うっかりティースプーンを落としてしまいます。
とっさにそれを拾おうとする美紀。それを制してウエイトレスをすぐさま呼ぶ華子。
お分かりでしょうか? これが「階層違いの風」が吹く瞬間です。
落ちた物を拾ってもらうのがマナーというのが華子の住む世界。そのくらいは自分で拾うのが美紀の世界。
ゾクっとします。こういったシーンが丁寧に描かれているんです。でも不思議なことに、鼻につくような嫌な感じがしないんです。
お嬢様って、映画や漫画の中でよく「世間知らずのおバカさん」に描かれがちですが、あれって卑屈に見ている側からの目線ですよね。一方で美紀みたいな女性のキャラクターは「雑で品がない」という感じで描かれがち。それは見下している誰かの目線があるから。
でもこの映画には、そういう目線がないのです。
華子のなにげない仕草が胸を打つ
ここから先はエピソード上の大事な部分にも触れますので、ネタバレが気になる方は先に映画をご覧になってください。
終盤、とても印象的なシーンがあります。
ある出来事のあと、いつもはタクシー移動で「箱」の中からしか東京を見ていない華子が、この日の夜は家まで歩いて帰ります。
中央に車道が走る大きな橋を渡る途中、向かいの歩道から「え? 誰かいるんだけど! ギャハハハハ!」と笑い声が。まさか自分たち以外にこんなところを歩いている人がいると思わなかったギャルと思しき女の子たちです。その子たちがふざけて、華子に向かって「おーい」と手を振ります。
華子は一瞬とまどう様子を見せた後、その子たちに小さく手を振り返します。ニコッと笑って。
その瞬間に私は泣きました。
車道のあちら側とこちら側、きっとこれからの人生で交わることはもうないだろうギャルたちと華子に、この一瞬だけは温かくかわいらしい何かがありました。
私は初めて、華子の笑顔を見たような気がしたのです。
もしかしたら華子はこのとき、違う世界を見ようとしたのかもしれないなぁと思いました。
精一杯に生きる彼女たちの美しさ
華子や美紀は彼女たちの"階層"で、領域で、何も見下さず、何も卑下せず、自分の置かれた状況を精一杯生きています。
それが私は愛おしくてたまりませんでした。
門脇麦さんと水原希子さんの演技の賜物でもあるのかもしれません。
「階層」なんていう隔たりに対して文句も口にせず、同じ空の下で必死に答えを見つけようと生きている2人。
その姿は、とってもキレイでした。