なぜ令和に復活?バンド「たま」結成を描いた仰天エピソード満載の漫画

本書を読んでから頭の中は、当時の曲がヘビーローテーション真っ最中。

すっかり「たま」のことを忘れていた。

これを読んでいる若い読者からすれば、誰かの飼い猫かどこかの地名かと思う人もいるかもしれないが、いやいや、あのバンドのことである。

しかし「たま」は凄かった。

社会現象にもなったバンド「たま」が漫画化

1989年、時代が平成に変わるやいなや突然始まった空前のバンドブーム。その象徴ともいえるテレビ番組『三宅裕司のいかすバンド天国』通称『イカ天』に出演するやいなや、その独特すぎるファッションと楽曲で全国のお茶の間の度肝を抜き、マジで一夜のうちに国民的なバンドになってしまったのが「たま」なのだ。

90年にはオリコンランキング初登場1位。その大晦日には、日本レコード大賞で最優秀ロック新人賞を受賞した直後、そのまま紅白歌合戦にも出場。「たま現象」という言葉が『現代用語の基礎知識』に載るほどの社会現象になってしまったほどだ。

しかしメディアは勝手なもんで、あんなに勝手に「たま」をもてはやしておきながらもバンドブームが去るにあわせて彼らの露出も一気に激減。「たま」の名を人々が口にする機会も徐々に減り、2003年、惜しまれつつも解散。

僕もしばらく彼らのことを忘れていたのだが、今年の夏に突然、自分のTwitterタイムラインでむちゃくちゃ話題になっていたのがこの一冊である。​

『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』。

『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』書影 ©︎石川浩司・原田高夕己/双葉社

本書は、「たまのランニング」でもおなじみの元たまメンバー ・石川浩司さんが解散後に書いた自叙伝『「たま」という船に乗っていた』を、漫画家の原田高夕己さんが漫画化した第一巻だ。

石川さんの自叙伝は刊行後、ほどなくして絶版となってしまったらしいのだが、なぜ、この令和の時代に漫画になって復活したのか、その経緯はさっぱりわからない。しかし、とにかく無類に面白い。一気読みしてしまった。

そして本書を読んで以来、僕の中で「たま」が大ブレイク中なのだ。改めて、本当に素晴らしい曲と詩を書くバンドだ。これを書いている今も、ヘビーローテーション真っ最中である。

出会いからバンド結成までの仰天エピソードが満載

本書の内容は端的にいうと、19歳の石川さんが上京し、弾き語りを始め、仲間と出会い、「たま」を結成、その後「イカ天」に出場するまでの様子が描かれている漫画だ。​

ヒット曲『さよなら人類』の「今日人類がはじめて木星についたよ」というフレーズやおかっば頭に下駄、ボーズ頭にランニングシャツといったメンバーの装いなど、あまりにも楽曲と見た目にインパクトがありすぎるあまり、瞬間的に人々にやきつけられてしまった「たま」のイメージが、実は幾重にも重なった奇跡的な出会い、出来事から織りなされていることがわかる。

「イカ天」に出場した際の「たま」

『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』より  ©︎石川浩司・原田高夕己/双葉社

当初、高円寺で弾き語りをしていた石川さんは、たまたま燃えないゴミの日にスネアを拾ったことでパーカッショニスト(というか、太鼓叩き)に転向。そしてたまたまライブハウスで知り合いだった知久寿焼さん、柳原陽一郎さんと1回限りのお遊びでライブをやったところ「このバンド オモシロイからもっと続けましょう‼︎」と、そのままバンドを継続。そうしてできた「たま」という船に、ベースをやったことがない「Gさん」こと滝本晃司さんがベーシストとして乗り込み、4人の「たま」は船出する。

原田さんの​画風とも相まって、淡々と物語は進んでいくのだが、そもそも彼ら自身は、全く売れたいとも思っておらず、好きなことをやっているだけで、むしろ「音楽やってお金もらっちゃっていいの?!」くらいの感覚なのが微笑ましい。「たま」というバンド名も下手したら真面目に「かき揚げ丼」というバンド名になりかけていた、というのも仰天のエピソードだ。

就職についてもノホホンとしている石川さんと知久さん

『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』より ©︎石川浩司・原田高夕己/双葉社

しかし当時、時代は狂乱のバブルを経て平成になったばかりなわけで、そんな中、世の狂騒にまるで気付かないまま昭和を生き続ける彼らのノホホン具合は、いくらなんでもどうかしている。

当時の「たま」の事務所兼連絡先が知久さんの自宅であり、雑誌やチラシで思いっきり外部に自宅を晒していたのは当時ならではのエピソードだとして、石川さんがバンド結成前に、自作の曲ができあがると、夜中に適当に電話のダイヤルを回して「我々の歌を聴いてください!!」と一方的に誰かに曲を聴かせていた、という話は時代を加味しても無茶すぎる。まさに、歌の恐怖新聞だ。​

明かされる怪電話の正体

『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』より ©︎石川浩司・原田高夕己/双葉社

圧巻のラスト「イカ天」初出場シーンは刮目すべき

これらのエピソードが、原田さんの昭和漫画オマージュが随所にみられるタッチで描かれるため、朴訥で味わい深く話は進んでいくのだが、本巻のラストは圧巻である。彼らが「イカ天」初出場時に、『らんちう』が演奏されるシーン。ここだけは刮目して読んでほしい。

「イカ天」初出場時に「アブナイのがやってきた」とアナウンスされた「たま」

『「たま」という船に乗っていた さよなら人類編』より  ©︎石川浩司・原田高夕己/双葉社

原田さんの巧みなコマ割りとテンポにより、「たま」がスタジオと全国のお茶の間を支配していく状況を遺憾なく描き、彼らが世界に飛び出る瞬間の恍惚、そして、これまでマイペースに動いていた「たま」という船が、本人たちの自覚もなくすでに引き返せないところまで泳ぎ出してしまった不安、それらを同時に読み手に感じさせる出色のシーンである。

本書は、「たま」の名曲『さよなら人類』が生まれるまでの話だが、このあと彼らは、高円寺の「たま」から、日本の「たま」に押し上げられていくわけで、その模様は後日刊行されることが告知されている続巻『らんちう編』で描かれていくのだろう。今から楽しみすぎるが、とりあえず、ナゴムレコードから出された「たま」の名盤『しおしお』でも聴きながら待つとするか!