愛と正義は伊達じゃない。松澤千晶の心の処方箋、『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』

劇場版を見て気づいた「月野うさぎという女の子」の凄さ

大好きな映画があります。

きれいな気持ちを取り戻したくなった時、心が荒んだ時に触れる、私にとって処方箋のような映画。

それが、『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』です。

©️武内直子・PNP・東映アニメーション

本作は1993年に劇場公開された、ご存知『美少女戦士セーラームーンR』の映画で、テレビシリーズの延長としてはもちろん、単独の作品としても非常に完成度が高いのです。

何よりあの壮大な物語が1時間におさめられているのが大変素晴らしいと私は思っています。

人間は無気力なとき、長時間集中して物語を追い続けられないものだと思います。

この作品は限られた1時間の中で、起承転結がしっかりしていて、消化不良もない。物語の構成がこれほど素晴らしい映画はなかなかないと思います。

孤独な2人の少年の再会の物語

ご存知ない方に向けてあらすじを簡単にお伝えすると、物語はセーラームーンこと月野うさぎのボーイフレンドであり、タキシード仮面​でもある地場衛の幼少期から始まります。

事故で両親を失い、孤独の身となっていた彼は、1人で宇宙を漂流していた異星人の少年フィオレに出会います。

孤独を抱えた者同士、心を交わす2人でしたが、やがて別れの時がやってきて…その際に衛はフィオレへ薔薇の花を手渡します。

感動したフィオレは、「今度は僕が君のためにいっぱい花を持って帰ってくるからね」と誓い、地球を去ります。

そして時が経ち、衛のもとに再びフィオレが現れたのです。

©️武内直子・PNP・東映アニメーション

『美少女戦士セーラームーンR』の映画でありながら、軸になるのは孤独な異星人と地球人、2人の少年の物語です。

少年時代の衛との約束を大切に覚えていて、それを果たしたい一心だったはずのフィオレですが、悪が彼の孤独につけ込み、取り憑いてしまいます。

そして、成長して居場所を見つけた衛の姿を見て嫉妬に狂ったフィオレは衛にも傷を負わせてしまい、彼の行いがやがて地球の危機へとつながっていきます。

それを、月野うさぎが救うのです。

月野うさぎは「愛」そのもの!

愛は地球を救うとか、本当にあったのですね。

正直なところ、私はこの劇場版を見るまで、彼女の魅力をよくわかっていませんでした。

子どもの頃は、可愛くて強いセーラームーンへの憧れはあっても、ドジで泣き虫な「月野うさぎ」への憧れではありませんでした。

彼女の存在は、愛そのものだったと気付いたのは大人になってからです。

彼女はいつも、愛を、無条件にただ目の前のものに注ぎます。

その愛はやがてセーラー戦士にも、タキシード仮面にも伝わり、愛とは、注がれ巡るものなのだと感じ取れるのです。

TVアニメ『美少女戦士セーラームーン』最終話において仲間たちを失ってひとりぼっちになった彼女(転生しているので、本作とは違う世界線ではありますが)だからこそ、それを知っている私たちにはとてつもなく響くものがありました。

そのようにして、巡り巡った愛はフィオレにも伝わり、そしてまた、うさぎに戻ってくる……この一連の流れは、こんなふうに、人が人を愛せたら人生は素晴らしいと思わせてくれるのです。

©️武内直子・PNP・東映アニメーション

私は、愛というものが未だによくわかりませんし、人はどんなに誰かと一緒にいても孤独な生き物だと思っています。

ですが、そんな時はふと、この作品を思い出して、月野うさぎのことを考えます。

考えれば考えるほど凄い存在であると感じ、当時、少女たちが憧れていた美少女戦士セーラームーンの魅力の根底はこういったところにあったのだと、彼女の掲げる愛と正義は伊達じゃないと、大人になった今、しみじみ感じるのでした。