現役のCMプランナーが一本の映画からむむっと思ったセリフを取り上げていきます。
第二回は、白石和彌監督の『日本で一番悪い奴ら』(2016年)。北海道警察に実在した横紙破りの”悪徳刑事”が引き起こした事件をモチーフにした作品です。
「平成の刀狩り」といわれる1992年から始まった全国区の銃器摘発キャンペーンが、一部の警察官の焦燥と功名心を誘い、銃器の密輸や、泳がせ捜査による覚醒剤の密輸、禁止されているおとり捜査など大規模不祥事につながり、かつてはエースと呼ばれた綾野剛演じる主人公の警察官が凋落していく様が劇的に描かれています。原作は稲葉圭昭『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』(講談社文庫)。
暴力性をともなった緊張感と随所に散りばめられた洒脱なセリフの弛緩が史実をエンターテインメントにしています。
冒頭から視聴者の視座を方向づける巧みな言葉
早速セリフを見ていきます。
マジで安全な社会にしようと思ったらな 産婦人科医になるしかねえよ
生まれてくるガキ皆殺しにするんだ
(ピエール瀧 as 村井定夫 )
後に“悪徳刑事”となる主人公・諸星要一。新米警察官時代に「公共の安全を守りたい」と語る諸星に対して先輩刑事・村井が放ったのがこのセリフです。村井は原作には出てきませんので映画オリジナルの言葉です。
極めて反社会的なこの刑事とこの言葉の役割。僕は、序盤で映画のトーンや性格づけを宣告する挨拶文のようなものだと感じました。「こういう感じの映画です」というのが端的に一つのマーカーとして表れている。このセリフに僕はドキッとしましたが、同時に映画に最後まで付き合う準備もできたような気がします。
クソもミソも全部飲み込んで、使えるもん全部使い倒してな
ようやく務まる商売なんだよ(綾野剛 as 諸星要一)
この映画のキャッチコピーにもなりそうな、諸星のセリフです。(実際のキャッチコピーは、「日本警察史上、最大の不祥事。 ヤツらは何をしたのか?」)
おそらく、刑事は「我慢して時に汚い手を使って務まる仕事」と言いたいのでしょうが、それは言うなれば「What To Say」。言いたいことはそのまま、「How To Say」の視点で選ぶ言葉を変えることで一気に、他の刑事と主人公・諸星の刑事としての違いが浮き彫りになります。
アマレス!(中村獅童 as 黒岩勝典)
すごく好きだったシーンです。拳銃密輸の潜入捜査でヤクザと接触することになった諸星と警察のスパイ「エス」として活動する元ヤクザの黒岩。諸星が格闘家特有の “ギョウザ耳”について取引相手のヤクザに「あんたさ、柔道やってたの?」(警察官には柔道経験者が多いため)と不審がられ、銃を突きつけられた窮地を黒岩の機転が救います。
プロレスのわけはないので「レスリング!」でよさそうなものですが、4文字の切れの良さが際立ちます。原作では、「レスリングやってたんだよ」とありますので、「アマレス」にしたのは脚色の妙だと思いました。
実は公式パンフレットで、脚本担当の池上純哉氏が「あそこはアマレス以外思いつかなかった。殺そうとしてくる奴らを止められる説得力のあるものがもっと何かないかなと思ったんだけど」、「こんなに思いつかないと、そんなにいいシーンでもないんじゃないかと思えてきたりして(笑)」と述懐していますが、私はこのシーンにおけるこのセリフの切れ味が好きでした。
常套句も使い方次第!直感的に出る言葉で事の重大さ演出
人間やめることになるんだぞ(綾野剛 as 諸星要一)
覚醒剤に手を出した愛人に諸星が放つ言葉で、「覚せい剤やめますか?それとも、人間やめますか」という1983年のCMにちなんだ常套句です。ベタといえばベタなのですが、こういう鬼気迫るシーンではよく聞く常套句がかえって、ことの重大さを演出しています。
少し脱線します。溺れている時に「助けて!」とは言いますけど、「救助/援助して!」ましてや、「ヘルプして!/レスキューして!」は言いそうにありません。
古来の日本語である大和言葉の「たすけて」は日常的、感情的な響きを持ちますが、その後に入ってきた漢語たる「救助」、さらには英語の「ヘルプ」は理性的、冷たい、中立的な響きをまとい、いわゆるコノテーション(含意)の違いから、本能的な発信が必要なシチュエーションには後者は合わないと考えられるからです。(私は英語史が好きなのですが、この考え方を堀田隆一・著『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』で学びました。興味ある方はどうぞ。)
「誰かが覚醒剤に手を出したことを目撃する」、そんな感情が爆発するような場面では、直感的にパッと出る言葉を使うべきです。原作はノンフィクションですから、淡々としていて、映画のように磨かれた言葉はあまり出てきません。しかし、この言葉は原作にも出てきます。
思わずクスッ…緊張感の合間に紛れるゆるいセリフ
関東に出回る分には…いいか(田中隆三 as 猿渡隆司)
チャカとシャブどっちが大切なんすか?(綾野剛 as 諸星要一)
後半はゆるいセリフが多くなってきます。
覚醒剤20キロ(末端価格6億円)の密輸を一旦見逃しておいて、次のターンで拳銃200丁の大規模密輸が行われた時に摘発する、という無茶苦茶な作戦を諸星が発表した時、「見逃したシャブはどこに流れるんだ?」という素朴な質問に諸星の上司がこう答えます。
ちゃらんぽらんな警察の体制がセリフで上手に揶揄されています。ちょっと笑えるシーンではあるのですが、私の好きな作家の中村文則氏のデビュー作『銃』のこんな一説を思い出しました。
「そして、自分が始終拳銃に影響され続けていたことを、思った。人がつくったものに、私は始終影響され、私の人生というもの、私がそれに重さをおいていなかったとしても、私の生活を、犠牲にしていたことを思った」
たまたま手にした銃に人生を支配されていく主人公の独白ですが、「人の作ったもの」である、拳銃やルールに人生や生活が支配されどんどん狂っていってしまうのは恐ろしいことです。
さっさとちゃんと密輸しろ(斎藤歩 as 桜庭幸雄)
泳がせ捜査が初手で失敗し、続く拳銃の密輸&摘発の計画もおじゃんになった諸星に拳銃の密輸を要求して言う(まさに経済学の「コブラ効果」そのもの)、税関職員にあるまじきセリフです。
「ちゃんと」という形容詞もまさか「密輸」と組み合わされて使われるとは思ってもみなかったと思いますが、レトリックが効いて印象に残るセリフになりました。CMのセリフを考えている時によく「他では一生言わなそうなこの場面だけで成立するセリフ」を考えるのですが、構文自体はCMに出てきてそうな言葉です。「密輸」とかは全然ダメですが。
実は青春映画? 鑑賞後の意外な”さっぱり”感
全体を通じてこの映画の中のセリフは「緊張」と「緩和」のバランスが心地よく、うまくエンターテインメントの手球に乗せられて観ている自分に気づきました。
前半の暴力的な掛け合いから、どこか気散じな警察や税関。それと共に落ちていくとこまで落ちていく主人公。悲しすぎもせず、怖すぎもせず、物語は進行し、どこか何かさっぱりした気持ちになっているのは、監督自身が「青春映画」と位置づけたからかもしれません。
しかし、なぜか最初の映画のタイトルが「純情カリフラワー」だったのかは(パンフレットより)映画をみてもさっぱり分かりませんでした。